『どろんこのおともだち』 バーバラ・マクリントック、(訳)福本 友美子

評価:
バーバラ・マクリントック
ほるぷ出版
¥ 1,575
(2010-10-29)

よくはれた、きもちのいいあさです。シャーロットとブルーノが どろんこのケーキをつくっていると、おかあさんがよびにきました。
シャーロットに、こづつみがとどいたのです。

ある朝、シャーロットのもとにおばさまから贈られてきたのはフリフリのドレスを着たロマンティックなお人形でした。
シャーロットはどろんこ遊びと木登りが大好きで、きれいなお人形なんてちっとも欲しいと思ったことのないおてんばさん。でも彼女はそっぽを向いたりはしません。
「わたしたち、お茶会はやらないし、かわいいうばぐるまもないの。」 シャーロットはお人形に言い聞かせます。「わたしたちのやりかたに、なれてちょうだいね」
それからお人形とブルーノとシャーロットは、太陽の下でシャーロットのお気に入りの遊びをこれでもかとやりつくし、一ばんのおともだちになるのです。
お人形は「ダリア」という名前をつけてもらって、ぱっと顔を輝かせます。お外でさんざん冒険をして、どんどんイキイキしていきます。もちろんお人形はあくまでお人形なのだけど、ほんとうに生きているみたいに描かれている、そこがとても素敵。
・・・だって私も、ちいさい頃いっしょに遊んだぬいぐるみはみんな生きている‘つもり’だったから。

木から落っこちてしまったダリアをおふろにいれて、ベッドに寝かせて、それからやさしく絵本を読んであげるのが、私の一ばん好きな場面。シャーロットの女の子らしいやさしさに胸がじーんとなります。
ダリアの贈り主のおばさまは、ぼろぼろでどろだらけになったお人形をみて、なんと言ったでしょう?
ないしょのおともだち』よりもさらにクラシカルな感じの絵は、まるで色褪せたふるい洋書からぬけ出したよう。ふっくり幸福な気持ちにさせてくれる絵本です。

(原題『DAHLIA』)
Author: ことり
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『失われた時のカフェで』 パトリック・モディアノ、(訳)平中 悠一

評価:
パトリック・モディアノ
作品社
¥ 2,052
(2011-05-02)

まっ赤な花びら、古びた豆本、文房具たち・・・
整然とコラージュされた綺麗な表紙をひらくと、そこはパリ。
時のかなたにとり残されてしまったような、セーヌ左岸の小さなカフェ「ル・コンデ」。謎めいた魅力の美しい少女・ルキと、彼女を愛した男たちの物語。

ひそやかな謎かけに導かれ、私もゆらゆらとパリの街をさまよい歩きました。
マロニエの花の香り、うす闇のカルティエ・ラタン、夕暮れ時のカフェの喧噪・・・
ひとりの少女に心うばわれ、そっと追憶に手をのばす男たち。
けれど月影のようなルキをつかまえることなど誰にもできず、男たちのかすかな諦めと憧れが甘いため息となって立ちのぼります。つぎつぎに交代する語り手、ふいに挿入される回想シーン・・・うっとりと物語の時空がとろけて、めくるめくような感覚がとても心地よかった。
薫り高い文学や芸術、刻まれた歴史が今なお息づいているパリは、何度でも記憶を巻きもどし、淡い夢幻のなかをたゆたう淋しそうな人たちにぴったりの街。いつしか、白黒のフランス映画を思わせる憂鬱ではかない喪失感につつまれていた私です。

いまもまだ僕には聞こえることがある。夜、道で、僕の名前を呼ぶ声が。ハスキーな声だ。シラブルを少し引っぱった発音で僕にはすぐ判る。ルキの声だ。振り返る、でもそこにはだれもいない。夜だけじゃない。ひと気の引いたこんな夏の午後・・・でももうよく僕らには判らない、一体どの年の夏に自分がいるのか。もう一度、以前とおなじに全ては始まる。おなじ日々、おなじ夜。おなじ場所、おなじ出会い。≪永遠のくりかえし≫。

(原題『Dans le café de la jeunesse perdue』)
Author: ことり
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『七人のおば』 パット・マガー、(訳)大村 美根子

評価:
パット・マガー
東京創元社
¥ 945
(1986-08-22)

結婚して英国に渡ったサリーは、ニューヨークの友人からの手紙で、おばが夫を毒殺し、自殺したことを知った。だが彼女には七人のおばがいるのに、手紙には肝心の名前が記されていなかった。一体どのおばが・・・?気懸かりで眠れないサリーに、夫のピーターは、おばたちについて語ってくれれば犯人と被害者の見当をつけてあげよう、と請け合う。サリーはおばたちと暮らした七年間を回想するのだが・・・。
被害者捜し、探偵捜しと新機軸のミステリを生み出した異色の閨秀作家マガーが描く、会心の犯人探し!

犯人も被害者も分からないまま、回想だけを頼りに殺人事件の真相を推理していく型破りな古典ミステリーです。
でも読んでいるあいだは、そんな謎解きのことなんて忘れちゃう!
7人もいるおば(=容疑者)のそれぞれの性格や性癖が、あまりにもくっきりとみごとに描き分けられていて、あきれるほど濃厚なそのドラマに読み手はどんどん巻き込まれてしまうのです。
体裁にばかりこだわり一家を牛耳る長女・クララをはじめ、コンプレックスの塊のテッシー、親ばか炸裂のアグネス、アル中のイーディス、男性恐怖症のモリー、性に奔放なドリス、派手好きで浪費家のジュディ・・・姪のサリーの目にうつった7人のおばたちの愛憎がつぎつぎにもつれ、連鎖して、記憶の向こうから立ち現れます。
みんなどこかが壊れていて、我儘で両極端。7つの強烈な個性たちのぶつかり合いは、それはそれは激しくて辟易してしまうほど・・・。
ラスト数ページで物語はいっきに収束し、どのおばが犯人だったのかが分かります。すっきりと納得もできます。でもこれは、誰が殺人を犯してもおかしくないほどに乱れた、きゅうくつで邪悪な家族の物語。おもしろかったです。

「彼女たちのなかには、間違った相手と結婚した人がいる。どんな男とも結婚すべきじゃなかった人もいる。でも、われわれが直面してる殺人は一件だけなんだ。七件じゃなくてね。(中略)いいかい、六人のおばさんは実際に殺人を犯しはしなかったんだよ」

(原題『The Seven Deadly Sisters』)
Author: ことり
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『クリスマスのまえのばん』 クレメント・クラーク・ムーア、(絵)リスベート・ツヴェルガー、(訳)江國 香織

評価:
クレメント・クラーク ムーア
BL出版
¥ 1,890
(2006-10)

クリスマスのまえのばんのことでした。
いえじゅうがしんとして、だれも、それこそねずみいっぴき、
めざめているものはありませんでした。
セント・ニコラスがやってきたばあいにそなえて、
だんろのそばにはくつしたが、ちゃんとつるしてありました。

しずかに澄んだクリスマスのまえのばん。
子どもたちが寝静まったあと、お父さんが物音に気づいて起き出すと、えんとつからセント・ニコラス(サンタクロース)がやってきました。
ばらのような頬、さくらんぼのような鼻、ゆきのようにしろいあごひげ。
ちいさいながらもまるまるしたおなかは、わらうたびに、ボウルいっぱいのゼリーみたいにふるえます。思わずわらってしまったお父さんに、セント・ニコラスは片目をつぶり、そうしてみんなのくつしたにプレゼントを入れはじめました――。

あたたかでひそやかな、クリスマスの空気をすぐそばで感じられる絵本です。
空をかけるトナカイたち、サンタさんのおおらかなしぐさ、あざみの綿毛のように去ってゆく後ろ姿。夢みたいなできごとが、かわいくおちゃめに描かれていきます。
私は今回、リスベート・ツヴェルガーさんのやさしい絵と、江國香織さんの柔らかな訳文がすてきなこちらの絵本をえらびましたが、クレメント・ムーアさんの書かれたこの詩(物語)は、ほかにもすぐれた画家たちがすばらしい絵をそえて、日本でもタイトルや訳者をかえていくつも紹介されています。
・・・あなたのイメージにぴったりの、お気に入りの一冊がみつかりますように。

『クリスマスイヴのこと』 (絵)アニタ・ローベル、(訳)まさき るりこ
『あすはたのしいクリスマス』 (絵)トミー・デ・パオラ、(訳)かなせき ひさお
『クリスマスのまえのばん』 (絵)ターシャ・テューダー、(訳)中村 妙子
『クリスマスのまえのばん』 (絵)ジェシー・W.スミス、(訳)ごとう みやこ
『クリスマスのまえのばん』 (絵)ウィリアム・W・デンスロウ、(訳)わたなべ しげお

(原題『THE NIGHT BEFORE CHRISTMAS』)
Author: ことり
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『シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』 ジェレミー・マーサー、(訳)市川 恵里

パリ、セーヌ左岸の、ただで泊まれる本屋。
ジョイスの『ユリシーズ』を生みだした伝説の書店の精神を受け継ぐ二代目シェイクスピア・アンド・カンパニーは、貧しい作家や詩人たちに食事とベッドを提供する避難所だった。
ヘンリー・ミラー、アナイス・ニン、ギンズバーグらも集ったこの店に、偶然住み着くこととなった元新聞記者がつづる、本好きにはこたえられない世にもまれな書店の物語。

ほのほのとあかるい、ほがらかな雰囲気の装画をまとったこの本は、パリに実在する書店「シェイクスピア&カンパニー」をめぐる回想録。
元犯罪記者のカナダ人著者が、あるトラブルから逃れるためにほとんど一文無しで転がりこみ、似たような境遇の――お金がなくて、他に行くところがなくて、本が好きな――いっぷう変わった人びとと共同生活をしたときのお話(ノンフィクション)です。

ドア枠の上には、こういうモットーがかかげられています。
「見知らぬ人に冷たくするな 変装した天使かもしれないから」
売り場をぬけるとその奥には図書室に古書室、べとついた小さなキッチン。壁一面に本がならび、そこらじゅうに本の柱がにょきにょきとそびえ、古いソファやテーブル、いくつものベッドがあつらえられています。日曜日には上の階でお茶会もあります。こんなすてきな本屋さんが海のむこうに実在するんだ・・・、そう思っただけでほわわんと幸せな気持ちになっちゃう。
文学を熱愛する破天荒でユニークなアメリカ人経営者・ジョージの方針で、この書店には途方に暮れた人や貧乏な物書きはただで泊めてもらえるのですって!
ただ、建物は老朽化し、ゴキブリの骸が転がっていたりする不衛生さなので長く寝泊りするのはほんとうに困っている――売れない老詩人とか、奇妙なバイセクシャルの女性とか、まじめ過ぎるウイグル人とか、皆それぞれひと筋縄ではいかない人たち。そんな彼らの愉快でほろ苦いあれやこれやを、著者は元ジャーナリストらしい乾いた観察眼でくっきりと浮き彫りにしていきます。
いかに生き延びていくか、そんなハードなサヴァイヴァル・ストーリーの側面もつよいのに、読み終えれば心がかるくなっているから不思議。たとえお金はなくても、本への愛と明日への夢がたっぷり詰まっているせいかしら・・・。
セーヌ川越しにノートルダム大聖堂を見ながら、ジョージはこんなふうに話します。
「ずっとそういう場所にしたかったんだよ。ノートルダムを見るとね、この店はあの教会の別館なんだって気が時々するんだ。あちら側にうまく適応できない人間のための場所なんだよ」
こんどパリに行ったら訪ねてみたいな。「シェイクスピア&カンパニー」には、どんな人もひとときつつみ込んでくれる優しさがあふれていそう。

(原題『TIME WAS SOFT THERE : A Paris Sojourn at Shakespeare & Co.』)
Author: ことり
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『いいなづけ―17世紀ミラーノの物語』(上・中・下) A・マンゾーニ、(訳)平川 祐弘

評価:
A・マンゾーニ
河出書房新社
¥ 1,050
(2006-05-03)

コーモ湖畔に住む若者レンツォは、いいなづけルチーアと結婚式を挙げようとするが、村の司祭が突然、式の立ち会いを拒む。臆病な司祭は、美しいルチーアに横恋慕した領主に、式を挙げれば命はないとおどされたのだ。二人は密かに村を脱出。恋人たちの苦難に満ちた逃避行の行く末は――ダンテ『神曲』と並ぶイタリア文学の最高峰。
読売文学賞・日本翻訳出版文化賞受賞作。

イタリアの国民的作家、アレッサンドロ・マンゾーニの代表作です。
ダンテの『神曲』とこの『いいなづけ』は、イタリアでは一家に一冊あって当たり前、といわれるそうで、現在でももっとも知名度の高い物語のひとつ。
イタリア好き(あっ、もちろん旅行レベルです。)の私は、もうずいぶん前からまだ見ぬこの小説世界に憧れていて、先日ようやく購入した本。

たったひとつの場面でも、その人のなにげないしぐさにこまやかな心の動きが集約され、美しい風景描写とあいまって映画のようなワンシーンをつくりあげていく、そんなところにマンゾーニという作家の‘技’をみた私です。
マンゾーニさんご本人が書きながら、匿名の著者の原稿を発見しそれに手を入れた、という体ですすんでいく物語は、時々自分自身の視点をとり入れつつ絶妙の距離感で語られるのがおもしろい。あと、19世紀に書かれた17世紀の物語である、というのも、イタリアの歴史にうとい私のような読者にも時代背景が説明的で分かりやすかった理由のひとつなのかも。(1840年のトスカーナ語版にそえられたものとおなじ、フランチェスコ・ゴニーンの美しい版画たちも!)
ロマン主義とカトリックの信念が色濃くただよい、勧善懲悪でどこか幼い頃に親しんだおとぎ話みたいな印象も。悪魔の申し子のような男が、ささいなことで改心して聖人のようになるところや、つつましやかで美しい娘・ルチーアが、神様にかけたいけない願をのちに後悔し恥じるところなど・・・、時代や宗教観のちがいがもたらす気持ちのズレを感じなかったといえば嘘になります。でも、イタリアの国民にずっとずっと大切に読まれてきた・・・そういうすぐれた‘英雄’的一冊になりえたぶぶんも、なんだかすごくよく分かるなぁって。
暴動、ペスト、戦乱・・・流転のストーリーが当時のイタリア社会を目の前によみがえらせ、さまざまな階級の人びとを生き生きと描いてみせてくれていて、豊穣な小説世界をたっぷりと堪能できました。

なお、このイタリアの古典が日本でそれほど知られていない理由として、翻訳の経緯があげられるのだそうです。
さいしょに『婚約者』というタイトルで日本に紹介したのはイタリア人牧師で、母語に訳したものでないため、精彩を欠き、読むに堪えない代物だったとか・・・。
平川さんの訳文はとてもなめらかで自然でした。遠い遠い異国の魅惑の大河小説を、こんなふうにすばらしい日本語にかえて届けてくれた翻訳者にも、心から感謝なのです。

(原題『I PROMESSI SPOSI』)
Author: ことり
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『アイスクリーム かんながかんなをつくったはなし』 マルシャーク、(絵)レーベデフ、(訳)うちだ りさこ

レトロでポップな、むかしむかしのロシアの絵本です。
『アイスクリーム』と『かんながかんなをつくったはなし』の2本だて。
穂村さんの『ぼくの宝物絵本』では、『かんなが―』のほうをとり上げていましたが、私は『アイスクリーム』のおはなしが好き。

がたん ごとん がたん ごとん
おじいさんがおしていく、色鮮やかなはこぐるま。
「天下一品 上等舶来 えー アイスクリーム いちご いちごのアイスクリーム」
はだしの子どもたちが追いかけて、くるまは止まってみんながとりまきます。
すくいとった やわらかな たま
ウェーファーに のせ さじで なでつけ
ウェーファーで ふた すれば できあがり
そこへ汗っかきのふとっちょ紳士がはちきれそうにおでまして、つぎつぎにアイスクリームをたいらげます。おじいさんのはこぐるまがからっぽになっても、もっともっととたいらげたいらげ・・・そしてそれから――・・・
暑い夏にうってつけの、ひんやりシュールなおはなし。
「すてきにうまい」とか「まるいウェーファー」とか、ひびきがなんだか古っぽくてかわいいのも好き。リズムのある文章で、歌うように読めました。

(原題『Мороженое / Как Рубанок Сделал Рубанок』)
Author: ことり
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『空の飛びかた』 ゼバスティアン・メッシェンモーザー、(訳)関口 裕昭

評価:
ゼバスティアン メッシェンモーザー
光村教育図書
¥ 1,575
(2009-05)

ある日、散歩の途中、わたしは1羽のペンギンにひょっこり出くわした。
空から落っこちたんだよ、とやつは言った。
でも、ペンギンが――やつはどうみてもペンギンだった――
飛べないことぐらい、わたしだって知っていた。

ガブリエル・バンサンを思わせるすぐれた画力で、空を飛ぶことを夢みるペンギンとそれを手助けする「わたし」の奮闘ぶりを描いたおとなの絵本。
写実的で、それでいてユーモアたっぷりのデッサン画にくぎづけです。

ずんぐりと重たそうな洋梨体型。このペンギンがみじかい翼をどんなにばたつかせたって、とても飛べるようには思えない。けれどペンギンはがんばる。不屈の精神で。きっと飛べる、そう信じて――・・・
なんど墜落してもめげないで、思いつくかぎりの方法(どれも最高にナンセンス!)をためしてみる・・・強固な信頼関係で結ばれたふたりの挑戦、大まじめなところがもうかわいくて愛しくて心をキュっとつかまれてしまいました。
絵から伝わってくる真剣さと、すっとぼけたありさま。そのギャップの妙。
あきらめないこと、やればできるんだと信じることって、すてきだな・・・。
くすりと読み手をなごませながらおはなしは進み、こんなに‘熱い’のに最後はにぎりしめていた手綱をぱっと解き放つように潔く幕をとじます。無言の背中に、ちょっぴり淋しい余韻。

(原題『FLIEGEN LERNEN』)
Author: ことり
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『きりのなかのサーカス』 ブルーノ・ムナーリ、(訳)谷川 俊太郎

評価:
ブルーノ ムナーリ
フレーベル館
¥ 2,484
(2009-09)

霧が立ちこめるミラノ。白くかすんだ街をぬけて向かう先は・・・。
幻想的な世界を描いたブルーノ・ムナーリさんのアートな仕掛け絵本です。

表紙をひらくと、そこは深い深い霧の街。
つるつるした手触りの、白く透け感のある紙は、向こう側がぼんやりと見えているのにずっと先になにがあるのかは分かりません。頁をめくり霧をかきわけるように進んでいくと、奥のほうから濃いピンクや黄色や緑、色鮮やかなサーカス小屋の情景がすこしずつ立ち現われてくるのです。
わくわくするような演出、賑やかなサーカスのひと幕。
そして霧は、楽しかったサーカスの余韻すらもつつみ隠してしまい――・・・

ほんのぽっちりしかない文章を、谷川俊太郎さんが詩的に訳されています。
洗練されたデザインは子どもも大人も楽しめるはず。

(原題『Nella nebbia di Milano』)

Author: ことり
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『初夜』 イアン・マキューアン、(訳)村松 潔

歴史学者を目指すエドワードと若きバイオリニストのフローレンスは、結婚式をつつがなく終え、風光明媚なチェジル・ビーチ沿いのホテルにチェックインする。初夜の興奮と歓喜。そしてこみ上げる不安――。
二人の運命を決定的に変えた一夜の一部始終を、細密画のような鮮明さで描き出す、優美で残酷な、異色の恋愛小説。

性の解放がさけばれる直前の、1962年のイギリスが舞台です。
物語の鍵となるのは、新婦・フローレンスの‘体をかさねる’ことへの生理的嫌悪以上のもっと根深い感情。エドワードを心から愛しているのに、ベッドで抱き合うことを考えるたびに胃が締めつけられ、喉もとに吐き気がこみ上げる・・・その思いをエドワードに悟られまいとするフローレンスは、誰に相談することもできずに、たったひとりで思い悩んでいます。
ぎゅっとちぢこまるような、乾いた生理的感覚。やってほしいと頼まれるかもしれないすべてにたいする嫌悪感。彼を失望させ、ごまかしていたことがばれてしまうかもしれない恥ずかしさ。そんな自分自身にいだく嫌悪・・・うぶ、とか純粋、とかそういう言葉ではすまされない複雑な思い、心の綾が、ぴんと張りつめた静謐な空気とともに克明に書きつけられています。
運命の夜。少しずつ、けれど劇的にすれ違っていくふたつの心。ちょっぴり滑稽ですらある青春の哀しさと苦さが素肌をぞわりとなでつけるようななまなましさ。ともすれば下品なものに成り下がってしまいそうなテーマなのに、それがこんなにも清潔で美しくせつなく心にひびくなんて・・・。

なにかをすることによって、人生が変わることはたぶん、めずらしくない。
けれどもこれは、なにもしないことによって、人生の流れがすっかり変わってしまった物語。そのややこしさ、むずかしさに、ため息がでそうになってしまうのです。

(原題『On Chesil Beach』)
Author: ことり
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