『三人の乙女たち』 フランシス・ジャム、(訳)手塚 伸一

評価:
フランシス・ジャム
岩波書店
¥ 713
(2012-02-17)

信心ぶかくて純潔なクララ・デレブーズ。情熱的でまっすぐなアルマイード・デートルモン。愛らしくて傷つきやすいポム・ダニス。三者三様に美しく清らかな乙女たち。「処女のゆらめく美しさをわたしほどに感じとった人が今までにいたとは思えない」とジャムは言った。自然と愛の詩人が描く、散文詩のように美しい3つの物語。

ほうう・・・、なんて清らかな乙女たち・・・。
抱きしめられただけで妊娠したと勘違いしてしまうクララ、牧童との素朴で情熱的な恋に落ちるアルマイード、足が悪いことをコンプレックスに思うあまり好きな人からの求愛を退けてしまうポム――19世紀のフランス、田舎貴族の娘たちをめぐる淡い恋の三部作。

あまりにも純粋で、繊細で、やさしく美しい心。
花言葉をノートに写したり、刺繍をしたり、菫の花束をつくったり・・・ふわふわ可憐な乙女たちが、たくさんの花々や木々が織りなすのどかな自然風景とともに甘くうっとりと描きだされてゆきます。
乙女たちの熱い吐息や恥じらいがすぐそばで感じられるぶん、その清らかさゆえの危うさや脆さ、純粋すぎる想いがもたらす不幸せな結末が哀しくて――・・・。
まるでお菓子とレースでできたような儚い文章、この時代ならではのロマンの香り高い物語です。

おお、愛する乙女よ、波間に浮かぶ白鳥の歌のように長い
最後の愛のすすり泣きの中に、ぼくがおまえの
金色の肌の上で一瞬ふるえ、そして死にますように、
鳩たちが泣く中の雷雨の名残の風のように。
ぼくは死にながら、乙女たちが生きている姿を見たい。
乙女たちに来るように言って下さい、そして乙女たちの大きな帽子が、
その日よけ帽が、杏の果肉よりもっとなめらかで
もっと甘いぼくたちのくちづけの上でふるえますように。
(巻頭詩『乙女たちに愛されて死ぬための祈り』より)

(原題『CLARA D'ELLÉBEUSE / ALMAÏDE D'ÉTREMONT / POMME D'ANIS』)
Author: ことり
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『罪悪』 フェルディナント・フォン・シーラッハ、(訳)酒寄 進一

評価:
フェルディナント・フォン・シーラッハ
東京創元社
¥ 1,890
(2012-02-18)

ふるさと祭りの最中に突発する、ブラスバンドの男たちによる集団暴行事件。秘密結社イルミナティにかぶれる男子寄宿学校生らの、“生け贄”の生徒へのいじめが引き起こす悲劇。猟奇殺人をもくろむ男を襲う突然の不運。何不自由ない暮らしを送る主婦が続ける窃盗事件。麻薬密売容疑で逮捕された孤独な老人が隠す真犯人。――弁護士の「私」は、さまざまな罪のかたちを静かに語り出す。

犯罪』同様、ドイツの刑事事件弁護士が現実の事件をもとに描きあげた短篇集。
なにかの調書を思わせる、相変わらず淡々と乾いた文章・・・。異様な犯罪を正面から見つめ、その奥にひそむ哀しい人生がひもとかれてゆきます。

ある時、人を犯罪に駆りたてる衝動。
罪を犯した人すべてが悪人というわけではないし、中にはひどいことをしても罪に問われない悪人もいる・・・だからこそ読んでいると辛くて、やるせない思いがこみ上げてきます。司法では裁ききれないむずかしさ、ということについても。
ある少女の歪んだ感情に人生を台無しにされた男のお話『子どもたち』、かなしくおぞましい体験をした少女の『寂しさ』、夫の凄まじい暴力に妻が憎しみを爆発させる『精算』が忘れがたいです。

(原題『SCHULD』)
Author: ことり
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『短くて恐ろしいフィルの時代』 ジョージ・ソーンダーズ、(訳)岸本 佐知子

評価:
ジョージ・ソーンダーズ
角川書店(角川グループパブリッシング)
¥ 1,365
(2011-12-27)

小さな小さな“内ホーナー国”とそれを取り囲む“外ホーナー国”。国境を巡り次第にエスカレートする迫害がいつしか国家の転覆につながって・・・?!「天才賞」として名高いマッカーサー賞受賞の鬼才ソーンダーズが放つ、前代未聞の“ジェノサイドにまつわるおとぎ話”。

国民が一度に一人しか入れない小さな小さな<内ホーナー国>(入れない人びとは<一時滞在ゾーン>で順番待ち!)と、その外側にゆったりと広大な領土をもつ<外ホーナー国>。外ホーナーの人びとは内ホーナーを不当に差別しています。そんななか、野心家の外ホーナー人・フィルが独裁者と化し、わずかな資源である小川やリンゴをとりあげ・・・内ホーナー国を迫害していくお話です。

ツナ缶やバックル、ガラス球など、ガラクタの寄せ集めでできた人びと。
力自慢の男たちのおかしな買収や、あることないこと記事にしたいマスコミ。
外ホーナーの大統領は老いぼれておなじことばかりくり返すし、いっけん敵なしに思えたフィルもラックから脳みそがすべり落ちると調子が狂ってしまう・・・。
突拍子もない可笑しさに、なんどくすくす笑ってしまったことでしょう。
でもお話が進むにつれ、この物語世界が私たちの立っている現実世界とかさなって見えて、頬がこわばってきてしまいます。笑って見ている自分のほうが空怖ろしくなってくるのです。
キュートで滑稽――でもこれは民族間闘争を痛烈に皮肉った寓話でした。
読みやすさのなかに深い深い真実が眠っています。

(原題『The Brief and Frightening Reign of Phil』)
Author: ことり
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『王国のない王女のおはなし』 アーシュラ・ジョーンズ、(絵)サラ・ギブ、(訳)石井 睦美

評価:
アーシュラ ジョーンズ
BL出版
¥ 1,890
(2011-10)

そのむかし、王国のない王女がいました。
プリティという名の子馬と、子馬のひく荷台しか持たない王女は、王国をさがす旅をしています・・・。
繊細な絵で描かれた、美しくて行動的なプリンセスの物語。

絵がすばらしく綺麗。頁をめくるたび、うっとり甘やかなため息がこぼれます。
ところどころ影絵ふうに描かれているプリンセスや馬車、お城での舞踏会のようすはまるで高貴なお菓子のつつみ紙を思わせる優雅さです。サラ・ギブさんはグリーティングカードやパッケージなどのイラストレーションも手がける画家さんなのだそうで、心から納得。

王国のない王女は自分の王国をさがすうち、すてきな男性と出逢い、「ここかしこ」――いたるところが自分にとっての王国なのだと気づきます。
幸せは、さがしているものは、すぐそばにあるんだね。
女の子の憧れがキラキラとつまった美しいおはなしです。

(原題『THE PRINCESS WHO HAD NO KINGDOM』)
Author: ことり
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『犯罪』 フェルディナント・フォン・シーラッハ、(訳)酒寄 進一

評価:
フェルディナント・フォン・シーラッハ
東京創元社
¥ 1,890
(2011-06-11)

一生愛しつづけると誓った妻を殺めた老医師。兄を救うため法廷中を騙そうとする犯罪者一家の息子。羊の目を恐れ、眼球をくり抜き続ける伯爵家の御曹司。彫像『棘を抜く少年』の棘に取り憑かれた博物館警備員。エチオピアの寒村を豊かにした、心やさしき銀行強盗。――魔に魅入られ、世界の不条理に翻弄される犯罪者たち。
高名な刑事事件弁護士である著者が現実の事件に材を得て、異様な罪を犯した人間たちの哀しさ、愛おしさを鮮やかに描きあげた珠玉の連作短篇集。

奇妙にねじれた11の犯罪、11の哀しい犯罪者。
この人たちはなぜこのような異様で凄惨な犯罪にいたってしまったのか?
そんな「なぜ?」が一篇ごとに、彼らひとりひとりの人生をたどることでひもとかれていく短篇集です。
積もり積もっていく負の感情・・・ くすぶり続ける青い炎・・・
根っからの悪人なんてひとりもいないのに(少なくともこの本には)、長い時間をかけてじょじょに病んでいく彼らを見ていたら、やるせない気持ちでいっぱいになってしまいました。現実の事件がもとになっているというから、なおさら。
どの犯罪からも、それを犯した人の濃密な人生があふれ出てくるのです。
常軌と狂気の境いめは、誰のそばにもあるのかもしれない・・・。

感情をそぎ落とした端正な語りで、犯罪者たちにそっとよりそう著者(=弁護士)の姿に「罪を憎んで人を憎まず」ということばを思い出していた私です。
本を閉じたいまも、私の心でぽうっと熱をもってうずく11の切り傷。
とりわけ傷が深かったのは、『フェーナー氏』、『チェロ』、『棘』。

(原題『VERBRECHEN』)
Author: ことり
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『いちばんここに似合う人』 ミランダ・ジュライ、(訳)岸本 佐知子

水が一滴もない土地で、老人たちに洗面器一つで水泳を教えようとする娘(「水泳チーム」)。英国のウィリアム王子をめぐる妄想で頭がはちきれそうな中年女(「マジェスティ」)。会ったこともない友人の妹に、本気で恋焦がれる老人(「妹」)――。
孤独な魂たちが束の間放つ生の火花を、切なく鮮やかに写し取る、16の物語。カンヌ映画祭で新人賞を受賞した女性監督による、初めての小説集。フランク・オコナー国際短篇賞受賞作。

どこまでもふくれあがる妄想・・・滑稽で痛々しく、個性的な物語たち。
でもそれらがありふれた日常を、ありふれた孤独を描いていることが奇妙な落差を生み、心をきしませ、お話ぜんたいをつめたくほのかに照らしているようです。

隣りにいるのに、遠い。寄りそっているのに、淋しい。
不器用な魂たちが鎧をまとい、槍をふりかざして、絶望と闘っています。
どのお話にもそっと息づいている小さいけれどあたたかなもの。そのせいかしら・・・切なさとぬくもり、その両方を感じてしまいます。
誰かと繋がっているほうが一人よりも孤独な時があるってこと、私も知っているから。

心のなかにいまも残る途方もなく悲しい思い出に、もう一度光をあててあげることで心がゆっくり癒やされていくような晴れやかさ。孤独をまるごと肯定してくれる本は、淋しいのに勇気が出るから不思議ですね。
収められた16編のうち、私のお気に入りは『あざ』。
飛び散ったジャムとぶどう酒色のあざ・・・ささやかな情景さえも鮮やかに頭のなかで像を結びます。長いあいだ目をそらしてきたものにちゃんと向き合おうとする、その瞬間がとても好きです。

(原題『No one belongs here more than you.』)
Author: ことり
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『エミリ・ディキンスン家のネズミ』 エリザベス・スパイアーズ、(訳)長田 弘

評価:
エリザベス・スパイアーズ
みすず書房
¥ 1,575
(2007-09-22)

白ネズミのエマラインがエミリの部屋の壁穴に越してきた。ふたり(?)の密やかな“文通”がはじまる。
「私は誰でもない!――あなたは誰?」とエミリが書いた。エマラインは返事を出し、詩を書いてみた。おどろいたことに、それはエミリに新たなインスピレーションをあたえた。誰にも会わず、どこへも出かけないこの詩人に。・・・
エマラインの目を通して、19世紀アメリカの偉大な詩人の魅力あふれる世界が、私たちのまえに開かれる。エミリの詩12篇はすべて長田弘の新訳。エマラインの詩7篇も“デビュー”する。

19世紀アメリカに生きた女性詩人、エミリ・ディキンスン。
1789篇の詩を書きながら、生前発表できた詩はほんのわずか。無名のまま生涯をとじ、その人生の大部分をマサチューセッツ州アマストの家でひきこもるように過ごした、なぞの女性。
けれど彼女の死後、彼女が密かにしまっていたたくさんの詩稿の束は妹・ラヴィニアさんの手によって世に出ることとなり、いまではアメリカでもっとも重要な詩人の一人とみなされているそうです。
それらの詩の数々が、もしもディキンスン家に住み着いた一ぴきの白ネズミとエミリとの交流によって生まれたものだとしたら――・・・この本は、そんな愛らしい着想で描かれています。長田弘さんの新訳による彼女の詩が随所にちりばめられ、また、ほんとうにあったエピソードまで織りこんで仕立てられた小さなファンタジー。
かわいい物語とかわいい挿絵で、エミリさんの美しいことばの世界、つつましやかな思いに触れることができる大人の絵本です。

(原題『The Mouse of Amherst』)
Author: ことり
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『よるのいえ』 スーザン・マリー・スワンソン、(絵)ベス・クロムス、(訳)谷川 俊太郎

評価:
スーザン・マリー・スワンソン
岩波書店
¥ 1,365
(2010-11-06)

これは このいえの かぎ。
いえには あかりが ともっている。
あかりは べっどを てらしている。
べっどの うえには いっさつのほん。
そのほんの なかで とりが とぶ。

「これはおうこくのかぎ」ではじまるマザー・グースに着想をえた絵本だそうです。
一本のかぎから物語がみるみるつらなって、幻想的な夜の空間に導かれます。
本をひらいた女の子は、鳥の背中にのっておとぎの国にとびたち――・・・
漆黒の闇にさす、まぶしい黄色がとてもきれい。素朴だけれど力強い絵がどことなくゴッホの「星月夜」を思わせる・・・と思ったら、子ども部屋に「星月夜」の絵が。
一本のかぎからはじまったおはなしが、くるりと一周してまたかぎへともどってゆく、そんな物語のとじ方も完ぺきです。
星ふる夜にひらいてみたい幸福な絵本。コルデコット賞受賞作。

(原題『THE HOUSE IN THE NIGHT』)
Author: ことり
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『オリーヴ・キタリッジの生活』 エリザベス・ストラウト、(訳)小川 高義

評価:
エリザベス ストラウト
早川書房
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(2010-10-22)

アメリカ北東部の小さな港町クロズビー。
一見静かな町の暮らしだが、そこに生きる人々の心では、まれに嵐も吹き荒れて、生々しい傷跡を残す――。
穏やかな中年男性が、息苦しい家庭からの救いを若い女性店員に見いだす「薬局」。自殺を考える青年と恩師との思いがけない再会を描いた「上げ潮」。過去を振り切れない女性がある決断をする「ピアノ弾き」。
13篇すべてに姿を見せる傍若無人な数学教師オリーヴ・キタリッジは、ときには激しく、ときにはささやかに、周囲を揺りうごかしていく。ピュリッツァー賞を受賞した珠玉の連作短篇集。

乾いたあかるさのなかに喪失や孤独のモチーフが折りかさなって、いかにもアメリカ小説らしい、そう思いました。
不安定に結びついたたくさんの人びと、その豊かな沈黙にかくされた心の奥の波風――独立したお話どうしが、この町に住むオリーヴ・キタリッジという女性によってゆるやかにつながる連作短篇集。彼女はかならずしも主人公として登場するわけじゃなく、着慣れたカウチンセーターの一本の毛糸のようにさりげなく、小さな町の景色に織りこまれています。
夫から見たオリーヴ、かつての生徒から見たオリーヴ、あるいは隣人や息子、お嫁さんから見たオリーヴ。いくつかの断片的な印象が読み手のなかに少しずつ積もり、またひとつお話をひもといてはオリーヴの像をふくらませていく・・・そうして13篇すべてを読み終わった時、この見知らぬひとりの女性がすごく身近な、昔からの知り合いのような気がしてくるのでした。

オリーヴ・キタリッジはけっして誰からも好かれるタイプの女性ではありません。頑固だし、ずけずけ物を言うし、私自身こんなおばさん(おばあさん?)が近くにいたら厄介だろうと思います。
けれどディテイルに至るまで冷徹に写しとったような文章の前では、彼女が経験するありふれた不幸、残酷な人生の重みがぽとりぽとりと心に落ちて、うちのめされそうになりながらその場にしずかに佇むのです。

(原題『OLIVE KITTERIDGE』)
Author: ことり
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『コーネルの箱』 チャールズ・シミック、(訳)柴田 元幸

評価:
チャールズ シミック
文藝春秋
¥ 3,024
(2003-12-05)

がらくたに眠る、古い美を愛したシュルレアリストの一人ジョゼフ・コーネル。
彼は「箱の芸術家」とよばれ、古道具屋で手に入れた小物をコラージュし、木箱のなかにいくつもの魔法のような小宇宙をつくり上げました。これはそんな彼に魅せられた詩人チャールズ・シミックさんの言葉でめぐる、小さくて贅沢な迷宮への旅。

コーネルの箱のなかから子供の顔がじっとこっちを見ていることは、驚くにはあたらない。そしてその子供たちが、遊んでいる子供特有の夢見る顔をしていることも。子供たちは、自分がいまだ世界の主人公である、時計のない日々の幸福な孤独を生きている。箱は想像力が君臨していた日々の遺宝箱なのだ。むろん箱たちは、子供のころの夢想に立ち戻るよう私たちを誘(いざな)っている。

小さな箱に整然ととじ込められている、ほんのり妖しい神秘の世界。
羽根やガラス壜や人形たちにそっと息づく物語。
どこか郷愁をさそう秘密めいた異空間を眺めていると、彼の心のなかにある小部屋をひとつずつノックして、覗かせてもらっているような気分になります。
夢と思い出と幻でできている部屋・・・あるいは、はかなく過ぎ去った遠い時間。
小部屋に遊ぶ「子供たち」に手を引かれ、かつて戯れていた私だけの王国へと舞い戻ります。

(原題『Dime-Store Alchemy : The Art of Joseph Cornell』)
Author: ことり
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