『家族の終わりに』 リチャード・イエーツ、(訳)村松 潔

評価:
リチャード イエーツ
ヴィレッジブックス
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(2008-04)

1950年後半、高度経済成長期のニューヨーク郊外。理想のマイホームと、大企業の一員としての地位を得ながらも、現実からの逃避と、自由な人生を夢見る若き人びと。
常識から逸脱できぬまま、心の声を押し殺すうちに生まれた暗雲が、しだいに幸せな家庭にも影を落としてゆく・・・。何不自由ない暮らしのなかで、心はなぜか不自由になっていった・・・。
ふとしたきっかけで崩れてゆく「家族」という名の幻想を描いた物語。

・・・空虚な夫婦。
知的な夫、美人の妻。郊外に家を買い、かわいらしい子どもたちにもめぐまれて、それなのに・・・なんて空虚。‘ほんとうに生きたかった人生’を互いの心に閉じ込めて築いた家族の、なんて脆いこと。
些細なすれ違いが夫婦間の小さな亀裂を生み、坂道をころがるように大きな不幸をまねいてゆきます。なんとかしてこの流れを変えようとがんばってみても、神さまはいじわるで・・・。
家族の崩壊のディテイルを丁寧に描いた物語は、読んでいるといたたまれない、凍りつくような気持ちになってしまいました。ほんとうに怖いのは日常なのだ、そんなことをまざまざと思って。
しずかだけれど激しい、複雑で残酷なお話でした。

(原題『REVOLUTIONARY ROAD』)
Author: ことり
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『青チョークの男』 フレッド・ヴァルガス、(訳)田中 千春

パリの街で夜毎、路上に青チョークで円が描かれ、その中に様々なガラクタが置かれるという奇妙な出来事が続いていた。蝋燭、人形の頭、クリップ・・・。変わり者の哲学者の仕業か?しかし、ある朝、そこにあったのは喉を切られた女性の死体だった。そして、また一つ、また一つ死体が・・・。警察署長アダムスベルグが事件に挑む。仏ミステリ界の女王による大人気シリーズ第一弾!

石畳の路上、青チョークで描かれた円のなかに、がらくたがひとつ置かれている・・・
パリで連続するなんともミステリアスな事件。
当初は人畜無害ないたずらと思われていますが、円のなかについに死体が置かれたことで様相は一変します。

事件じたいはもちろん不穏で独創的。そこに登場人物たちのキャラクターが際だち、ユーモラスにさえ読めるのだからおもしろいです。
やさしい声とのんびりした佇まいながら、事件の「残酷臭」を直感でかぎ分けるすぐれた警察署長・アダムスベルグ。彼の信頼できる部下で几帳面な性格ながら、お酒に目がないダングラール。そのほか、海洋生物学者のマチルド、盲目の美青年・シャルル、うす気味悪い老女・クレマンス、被害者の夫で歴史学者のル・ネルモーなど、出てくる人出てくる人、風貌や性格(あるいは性癖)があますところなく描かれ、頭のなかでにぎやかに像を結びます。
犯人が分かってからのどんでん返しもお見事で、さいごまでおもしろく読みました。

青くつめたい妖気がただよう装丁も物語にぴったりの不穏さ。この絵は『うきわねこ』の牧野千穂さんが描かれています。青チョークの円のなかにごろんとうかび上がる人形の頭・・・怖いです・・・。

(原題『L'HOMME AUX CERCLES BLEUS』)
Author: ことり
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『ゆきのおしろへ』 ジビュレ・フォン・オルファース、(訳)秦 理絵子

評価:
ジビュレ・フォン オルファース
平凡社
¥ 1,575
(2003-12)

ひとりぼっちの おるすばん
ゆきのこに さそわれて マリーレンちゃんは でかけます
きらきらひかる ふしぎなおしろ
みごとな ゆきの 女王の くにへ・・・

まどべにすわり、淋しそうにそとをながめるマリーレンちゃんのもとに、空から雪の子たちがやってきました。
「マリーレンちゃん でておいで ゆきの 女王の くにへ いこうよ」
風の子さんがひいてくれる銀のそりではこばれてゆく白い道。
きらきらひかる雪のお城で、雪の子たちといっしょに遊んだり、ごちそうを食べたり。マリーレンちゃんは楽しいひとときをすごしますが・・・?

まっ白に凍りついたお城で、マリーレンちゃんの赤いコートがぽつんと映えます。
ころんころんした雪の子たちや雪の女王さまはとてもやさしい。だけどやっぱりお家が恋しくて泣きだしてしまうマリーレンちゃん。お家に帰りついたとき、待っていてくれるおかあさんのぬくもりがうれしくて・・・、あたたかで安心な気もちがじんわりこみ上げてきました。
ファンタジーの世界に遊び、もどってくる子どもを描いたうつくしい絵本。オルファースさんのきらめくばかりの処女作です。

(原題『Was Marilenchen erlebte!』)
Author: ことり
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『ピンクのれいぞうこ』 ティム・イーガン、(訳)まえざわ あきえ

評価:
ティム イーガン
ひさかたチャイルド
¥ 1,470
(2010-10-01)

ガラクタ置き場からまだ使えそうなものをひろってきて、きれいに磨いてお店にならべる・・・そうやって生活しているネズミのドズワースのまいにちは、テレビと食事と睡眠のくり返しです。
ある日、ガラクタ置き場でみつけたピンク色のおんぼろ冷蔵庫。そこにはすてきなマグネットでメッセージを書いた紙きれがとめられていました。
なんだか気になって、冷蔵庫を開けてみると・・・?

まいにち冷蔵庫をひらいては、新しいなにかに出逢うドズワース。
その日から、彼のまいにちは単調なものから楽しみにみちたすてきなものへと変わってゆきます。
冷蔵庫のとびらは、あたらしい世界にみちびいてくれる不思議のドア。世界は広く、人生を味わい深くできるものはすぐそばにあるんだよ・・・そんなティム・イーガンさんのメッセージがふわっとしみて、あかるくて前向きな気持ちをつれてきてくれます。

マカロンのような彩りのイラストも、ちょっととぼけた魅力でかわいい。
お子さんにも、おとなの方にも、どなたにもおすすめです。

(原題『The Pink Refrigerator』)
Author: ことり
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『薔薇の名前』(上・下) ウンベルト・エーコ、(訳)河島 英昭

評価:
ウンベルト エーコ
東京創元社
¥ 2,484
(1990-02)

「記号論学者エーコがその博学で肉づけした長編歴史ミステリー」・・・長年、憧れと畏怖の感情を抱きつづけてきたイタリア文学です。
難解なぶぶんも多く、そこかしこで怯んでしまったのもたしか。でもそれを差し引いても余りあるおもしろさでした。美しく精緻に織り上げられてゆく豊饒な物語の果てに、なんだか時の旅人にでもなった気分。

まず本をひらくと、一巻の書物『メルクのアドソン師の手記』を手に入れた、という物語の外側のお話があります。そうして手記の内容(本編)がはじまるカタチがとられています。
舞台は中世、北イタリアのカトリック修道院。その僧院にある迷宮構造をもつ文書館(ほんとうにめくるめくラビリンス!)で、謎めいた連続殺人事件が起こります。知識力と推理力にすぐれたウィリアム修道士は、見習い修道士のアドソ(この手記の語り手)とともに、事件の陰には一巻の書物の存在があることを探りあて――・・・
本のなかに本があり、そのまたなかに本がある――本の迷宮をめぐる物語は、その本じたいも迷宮のような多重構造をもって私たち読み手を翻弄するのです。
「一場の夢は一巻の書物なのだ、
そして書物の多くは夢にほかならない」

「暗号」「毒薬」「異端」・・・いくつものキーワードたちをからめながらひもとかれていく事件の真相。その過程に挿しこまれる膨大な議論や耽美的レトリック。
書物は書物について語る、書物どうしで語りあっている・・・そんな「書物」、あるいは「文書館」についての記述が、またたく星のように心にのこりました。
文書館はいっそう巨きな不安の塊りのように見えた。どうやらそこは、何百年もの長きにわたって、ひそかな囁きの場であり、羊皮紙と羊皮紙が交わしてきたかすかな対話の場であり、文書館は一種の生き物であり、人間の精神では律しきれない力の巣窟であって、多数の精神によって編み出されてきた秘密の宝庫であり、それらを生み出した者たちや媒介した者たちの死を乗り越えて、生き延びてきた、まさに秘密の宝庫なのであった。

時代背景や宗教上のこと、そしてこの本を読み解くためのべつの「書物」のこと・・・そもそも私にはそういう土台を理解する力(教養)が不足しているから、物語の上澄みをすくいとるようにしか読めません。
だけど‘物語の迷宮’を彷徨うことは夢のように愉しかったし、拙い読み方しかできないながらも愕きと煌きにみちたこの読書体験は、私のなかのとくべつな場所にずっとのこりつづけるような気がしています。

(原題『IL NOME DELLA ROSA』)
Author: ことり
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『幻の女』 ウイリアム・アイリッシュ、(訳)稲葉 明雄

評価:
ウイリアム・アイリッシュ
早川書房
¥ 1,015
(1976-04-30)

ただ一人街をさまよっていた男は、奇妙な帽子をかぶった女に出会った。彼は気晴しにその女を誘ってレストランで食事をしカジノ座へ行き、酒を飲んで別れた。そして帰ってみると、喧嘩別れをして家に残してきた妻が彼のネクタイで絞殺されていたのだ!
刻々と迫る死刑執行の日。唯一の目撃者“幻の女”はどこに?
サスペンス小説の巨匠の最高傑作!

「夜は若く、彼も若かった。が、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった。」
こんな魅惑的な書き出しで始まる1964年発表のミステリー。おもしろくて、ドキドキして、ほとんど一気に読みました。

夜更けのニューヨーク。かぼちゃ色の帽子をかぶった謎めいた女に出会ったスコット・ヘンダースンが、彼女とともにバー、レストラン、劇場を渡り歩きそして元のバーに戻る・・・冒頭からお話いっぱいに独特の夜気がムンムンたち込めています。
けれどなんと女と別れて家に帰ると、喧嘩別れした妻の絞殺死体があり、ヘンダースンは警察の聴取を受けることに。犯行時刻、女といた目撃情報がことごとく誰かの意志によってつぶされていて、肝心の謎の女も行方知れず。ヘンダースンは妻殺しの容疑をかけられ、そのまま裁判で死刑を言い渡されてしまいます。
そんな彼にかわって探偵役を務める親友・ロンバードと若い愛人が、ニューヨークの街を彷徨うように「幻の女」を探していくのですが、その過程がスリルたっぷりでほんとうにおもしろかった。
正直、「幻の女」の正体はそのままにしておいた方がよかったような気がしないでもないけれど・・・、でも全体にあふれる詩情と独特の雰囲気、死刑まであと何日というせっぱつまったカウントダウン、そしてラストのどんでん返し・・・古さを感じさせない展開に時間を忘れました。
秋の夜長におすすめのミステリーです。

(原題『PHANTOM LADY』)
Author: ことり
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『砂糖菓子の男』 アルニカ・エステル、(絵)ユーリア・グコーヴァ、(訳)酒寄 進一

むかしむかし、ひとりの王女がいました。
たくさんの人びとが王女を妻にとのぞみましたが、王女のめがねにかなう人は、なかなかいません。王女はとうとう好みの男をじぶんでつくることにしました。
すりつぶしたアーモンドと砂糖と麦をまぜあわせ、こねあげてつくられた美しい男の像。王女がそれを祭壇におき、ひざまずいて四十日と四十夜祈りつづけると、男は命をやどします。ところが、砂糖菓子の男のうわさを聞いた見知らぬ国の女王が黄金の船で男をつれ去ってしまいました――・・・

ギリシアに伝わる昔ばなし。
鉄の靴をはきつぶし、月や太陽や星たちの力を借りて、異国にさらわれた砂糖菓子の男をどこまでも探しもとめる王女。そうして身勝手な女王のもとから愛しい人をとり戻すまでのおはなしです。
つめたく幻想的な絵は、シュルレアリスムの巨匠サルヴァドール・ダリを彷彿させる雰囲気。ドキっとするほどの妖しい美しさにみちています。窓やとびらの向こう側にのぞく世界がひそやかに前後の頁とつながり、物語の奥深くにみちびかれていくのも素敵・・・。
揚羽蝶ののこした鱗粉のような煌き、読み手を射すくめるいくつものするどい視線。麗しい冷気にうっとりと酔わされてしまう大人の絵本です。

(原題『DER MANN AUS ZUCKER : Ein griechisches Märchen』)
Author: ことり
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『にぎやかな ほん!』 デボラ・アンダーウッド、(絵)レナータ・リウスカ、(訳)江國 香織

評価:
デボラ アンダーウッド
光村教育図書
¥ 1,260
(2011-04)

このよには たくさんの おとがある
めざましどけいの ベルの けたたましさ
こんざつした プールの ざわめき
おかしの つつみがみが たてる おと
としょかんで ビーだまを ばらまいちゃったときの おと
はなびの おと ・・・

きこえる、きこえる。
耳をすませば、ページの向こうからきこえてくるたくさんの音たち。
耳をつんざくような騒音も、ひっそりした空間の耳障りな音も、「やっちゃった!」って気配までも。
フワフワかわいい動物たちが体験する‘音’を想像する楽しさ。
私たちをとりまく日常のいろんな音に、耳をそばだてたくなります。

しんとしずかな、ほん』と対をなす絵本。

(原題『THE LOUD BOOK』)
Author: ことり
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『行く先は晴れやかに あるいは、うろ覚えの詩が世界を救う』 ヴェンデラ・ヴィーダ、(訳)秦 隆司

図書館の書架から書架へと視線をめぐらせていたら、ふいに目が合ってしまったのです・・・。なんとも魅惑的なタイトルに、すいよせられるように手にした本。

語り手はコロンビア大学にかよう大学院生・エル(エリス)です。物語は、エルがニューヨークの公園で知らない男にとつぜん銃を突きつけられるところから始まります。
男は「ひとりで死ぬのは嫌だ」と言い、こめかみに銃口を押しつけられた彼女はとっさにうろ覚えの詩を暗誦し、その場を切り抜ける・・・こんな突飛なすべり出し。

エルは明るく素敵な女の子で、そして「わたしのなかでこの物語はいつだって現在形」と彼女自身が語るとおりすべてが現在形で語られていく小説。だからなのかとてもテンポがよくて、スイスイ読み進められます。危険と隣り合わせなのにどこか人をなごませるふしぎな空気をかもしているのです。
あと、本筋のストーリーに直接関係のないエピソードが素晴らしいのもこの本の魅力のひとつ。物語を要約しようとするとぽろぽろとこぼれ落ちてしまうぶぶん。それはとるにたらないけれど、いまにもふわっと目の前ににうかんできそうな小さな情景たち――ユーモラスで、時々シュールで、何度もくすくす笑ってしまいました。

苛立ちだとか戸惑いを巻きこみながら、羽根のような軽さで、そ知らぬふりをして過ぎていく毎日。無限に続いていきそうなループのなかで、毅然と自分なりのやり方であのできごとを‘過去’にするエル。
「待っている」は動詞ではない。何も変わらず、何も動かない。
明日はきっと風をきって歩きだせる、そんな予感にみちた晴れやかなラストが好き。
ポップで勇敢でちょっぴりエッチな・・・とびきりアメリカンな青春小説です。

(原題『And Now You Can Go』)
Author: ことり
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『ヴァレンタインズ』 オラフ・オラフソン、(訳)岩本 正恵

「一月」から「十二月」まで、夫婦や恋人たちの愛と絆にひびが入る瞬間を鋭くとらえた、O・ヘンリー賞受賞作を含む十二編。
現代アイスランド文学の旗手による、珠玉の第一短編集。

氷がきしむような、誰かのすすり泣きのような、せつない音がする。
愛で結ばれているはずの男女のあいだにピシリと亀裂が走る、その鮮烈な瞬間がいくつも切りとられた短篇集です。
感情をうまく伝えることができなくて、どこか一歩引いてしまうところのある登場人物たち。ありふれた生活の小さなすれ違いがみるみる修復不可能なものになっていく様子。飾りけのない硬質な文章がいっそうざらりとした手触りをのこすようでした。

12もの短篇のすべてが独特の緊張感をはらみ、幸せな結末はひとつもなく、亀裂は亀裂のまま、凍りついたものは凍りついたまま終わります。
ヨーロッパの北の果て――荒涼としたアイスランドに息づく風土が、物語にはびこったとり返しのつかなさをつめたい腕で抱きしめています。

(原題『Valentines』)
Author: ことり
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