『つむじ風食堂の夜』 吉田 篤弘

懐かしい町「月舟町」の十字路の角にある、ちょっと風変わりなつむじ風食堂。無口な店主、月舟アパートメントに住んでいる「雨降り先生」、古本屋の「デニーロの親方」、イルクーツクに行きたい果物屋主人、不思議な帽子屋・桜田さん、背の高い舞台女優・奈々津さん。食堂に集う人々が織りなす、懐かしくも清々しい物語。

いいですいいです、吉田篤弘さん。
好感のもてる文体で描かれた、しっとりとしながらも心躍る物語。どこか宮沢賢治チックな幻想的空間がたまらないのです。
人工降雨機研究家兼フリーライター。そんなへんてこな肩書きをもつ「私」を中心にちょっとひと癖ある月舟町の人たち。
なんにも起こりません。派手さなんてけっしてもとめてはダメ。だけどなんにも起こらないからこそ、お話ぜんたいを漂うほんわりとスロウな雰囲気に身をまかせることの贅沢。つむじ風舞う冬の寒い夜だって、ひとりぽっちの部屋だって、心のすみっこのあたりがほかほか温かいから平気なの。

タブラさんの息子が語ったこんな言葉が好き。
「親父が死んだとき、なんとなく取り残されたような気がしたんです。まだいろんなことを教わっていた最中だったんで。でも、親父、よく言ってました。もし、電車に乗り遅れて、ひとり駅に取り残されたとしても、まぁ、あわてるなと。黙って待っていれば、次の電車の一番乗りになれるからって」
息子さんはいま「次の電車」を待ってるところなのだそう。

‘宇宙’と‘ここ’、なんていう哲学めいた会話さえ、ちっとも堅苦しくならずにスンナリとなじむ町。
ああ。夜風に吹かれて星空の下、こんな町をそぞろ歩きたい。
Author: ことり
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『それからはスープのことばかり考えて暮らした』 吉田 篤弘

「口はひとつしかないんだし、みんなが食べたいものだって、ひとつだけなんだし」
「ひとつだけ?」
「おいしいものよ」

路面電車の走るちいさな町に引っ越してきた映画好きのオーリィ(大里)君。
教会のみえる古アパートに部屋を借り、お気に入りのサンドイッチ屋さんに通いつめ、ポップコーンを頬ばりながらスクリーンの女優にほのかに憧れ、‘夜鳴きそば’しかメニューのないお店でラーメンをすする・・・、そんなおだやかな毎日。
サンドイッチの店「トロワ」を営む安藤さん・リツ君親子、こっそり‘マダム’と呼んでいるアパートの大家さん、「月舟シネマ」にいつも来ている緑色の帽子のおばあちゃん――オーリィ君と素朴であたたかな人たちとの交流を描きながら、そんな彼らの息遣いや心もようがほのぼのと伝わってくる、優しくてどこかなつかしい物語。

つくりたての温かいポップコーン、
指のあとが残ってしまうほどやわらかな食パン、
サンドイッチの入った紙袋のしあわせな重み、
とろ火でコトコト煮こんだスープの
いろんな野菜のまじりあったあまい匂い、白い湯気――。

おいしそうな描写が五感をくすぐり、想像するだけでおなかがすいてしまった私です。それはもしかしたら、キッチンでお母さんの後ろ姿をながめながら、ふんふん鼻をひくつかせていた子供の頃にも似ているかしら。ただおいしそうなだけではなくて、そこには‘幸福感’がちゃんとある・・・、この物語はそんなあたたかさでいっぱい。
やがてオーリィ君は、トロワでオリジナルのスープづくりをまかされます。みんなの協力でできあがったオーリィ君の「名なしのスープ」、きっとほっぺたが落ちるくらいおいしいんだろうなあ。
とろとろと煮こまれていく自分だけの時間・・・読んでいると大きなブランケットにくるまっているみたいな、ほっこりと満たされた気分になりました。

昔の「時間」は今よりのんびりと太っていて、それを「時間の節約」の名のもとに、ずいぶん細らせてしまったのが、今の「時間」のように思える。さまざまな利器が文字どおり時間を削り、いちおう何かを短縮したことになっているものの、あらためて考えてみると、削られたものは、のんびりした「時間」そのものに違いない。
Author: ことり
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『という、はなし』 吉田 篤弘、(絵)フジモト マサル

評価:
吉田 篤弘
筑摩書房
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(2006-03)

思い思いに本を読んでいる動物たち。
ひょうひょうと密やかな24の「読書の情景」が切りとられています。
フジモトマサルさんのイラストに寄りそうのは、吉田篤弘さんが後からつけられたという小さな小さなおはなし。

黒猫は夜汽車で、レッサーパンダは病院のベッドで、うさぎさんは橋のうえで、こぶたちゃんはプールのうき輪で、それぞれ読書に夢中。トラが虎の巻を読んでいるかと思えば、お外で岩風呂につかりながら本を読んでいる・・・これはオオカミ?!
時がとまったかのような可愛いイラストの数々は、ながめているだけで癒されてしまいます。

みんなどんな本を読んでいるんだろう。どんな物語を旅してるんだろう。
本を読む――・・・みんなお揃いのことしてるのに、誰ひとり心は‘ここ’にいなくて果てしない本の世界をかけめぐっている。それが傍目には分からないことのその愉しさ、その不思議。
熱いコーヒーをいれ、おやつを用意して、家族が寝しずまったあとでひとり頁をめくりながらニンマリしたい、そんな本。
Author: ことり
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