『幻燈サーカス』 中澤 晶子、(絵)ささめや ゆき

評価:
中沢 晶子
BL出版
¥ 1,890
(2003-08)

独得の画風で多くのファンを持つ人気画家の初めてのガラス絵画集。
どこか不思議で透明なその絵の彼方に潜むものを、詩が一本の弓となり、せつない物語の旋律にかえて紡ぎ出します。

それは、記憶の底の、また底の・・・ドキドキとほの昏い幻燈サーカス。
まるでタフタのカーテンの陰から、禁じられた小部屋をこっそりのぞいているような、そんな艶かしい秘密めいた興奮。
華々しく煌びやかなステージだけど、その裏側にはほかの誰にも知りえない人生がたしかに存在しているという事実。その孤独や絶望に触れた時、闇はいっそう濃く、灯りはいっそう儚げにうつるようです。
つめたい硝子に描かれているらしい「ガラス絵」に、哀しみの物語が、ひらり。
サーカス団員たちの心にあいたいくつもの空洞が光を放ち、こんなにも美しくせつなく、観る者を魅了するのでしょうか。

「あなたは、危険に魅いられている」と女はいった
「そんなにまでして、飛びたいの?」
涙の瞳をふりきって、男はサーカスいちの飛び手になった
危険を愛した男は生き残り
あっけなく逝ったのは、男を愛した女の方だった
なんのために、だれのためにと問いながら
きょうも男は
宇宙に向かってむなしい飛行をくりかえす
(『からっぽの空中ブランコ』)
Author: ことり
国内な行(その他) | permalink | - | -
 
 

『ふんふん なんだかいいにおい』〔再読〕 にしまき かやこ

あまりの懐かしさに、図書館で思わず手にした絵本です。
幼い頃に母が買ってくれた絵本。

さっちゃんの くちのまわりは たまごのきみで くわんくわん。
てのひらは ジャムで ベタベタ。
エプロンは とりのスープで しみだらけです。
口のまわりも手もエプロンもよごれたまんま、朝ごはんのにおいをくっつけてお花をつみに出かけたさっちゃんは、そのとちゅう、「ふんふん」といいにおいをかぎつけてやってきた動物たち――きつねのこ、くまのこ、おおかみのこ――に出会います。
「おまえは めだまやきだな」「においがするぞ。ちょっと たべさせろよ」
通せんぼする動物たちに、「そんなに たべたいんなら あたしのうちへ いってごらん」と言いかえすさっちゃん。お花をつんで、うちへ帰ると――・・・

リズムよくすすむ楽しいおはなしなのですが、ラストはせつなさとやさしさが入り交じって、とてもあたたかい気持ちになります。さっちゃんもおかあさんもほんとうにやさしくて、大好きな絵本だったの・・・。
「くわんくわん」って表現がとても好きだったことも、思い出しました。
Author: ことり
国内な行(その他) | permalink | - | -
 
 

『小さいおうち』 中島 京子

評価:
中島 京子
文藝春秋
¥ 1,660
(2010-05)

戦前(昭和初期)、東京郊外の高台に建てられた小さな赤い瓦屋根の洋館。
美しい時子奥様と玩具会社の役員をなさる旦那様、そして愛らしい恭一ぼっちゃんに女中として仕えたなつかしく幸せだった日々を、老女が回想する物語です。

シュっとりりしく胸をはり、‘心得た’ふるまいをするタキ。愛情深く家庭に入り込んでご家族のためにこっそりと工夫をしたり、さりげなく相槌をうったり。彼女は20歳そこそこで女中に一ばん大切だという「ある種の頭のよさ」をそなえているのです。
資生堂、『主婦之華』、流行のお召し物や髷・・・東北の田舎生まれのタキの目にきらきらとうつし出される東京モダン。その描写からは当時の日本をつつんでいた熱気が手にとるように伝わってきます。戦争に向かってゆく時代でも日常はたしかにあり、偉い人の思惑や海の向こうの戦場よりも、日々を流れる穏やかな時間や家庭内の小さな波風のほうが人びとにはよほど真実だったということ。
ものごとが見渡せる女中ならではの語り口と、時おり入り込む現代のパートが、単調になりがちな「心覚えの記」をふくよかで奥行きのあるものにしているようです。

そうして最終章、物語は大きな拡がりをみせます。
バートンの有名な絵本『ちいさいおうち』にからませた、タキの語りの外側、もうひとつの物語の存在・・・。
タキが最後まで心の奥にしまい続けた想いを思ったら、胸がいっぱいになって涙があふれました。お暇をもらったタキが戦争中に小さいおうちに帰りすごした大好きな奥様との和やかなひとときが、無声映画のワンシーンのようによみがえりました。
つじつまの合わないノートの数行。‘語られなかったこと’の重み。
本をとじて改めて表紙の絵をみた時の、きゅうっとこみ上げてくる切ない気持ち。
凛とした美しさと、ぽっかり空虚な喪失感、そこにしのばせた奥深い秘密――たくさんたくさん泣いたこと、偶然とはいえ65年めの終戦記念日にこの本を読み終えたこと、いろいろな意味で忘れられない一冊になりました。
Author: ことり
国内な行(その他) | permalink | - | -
 
 

『手ぶくろを買いに』〔再読〕 新美 南吉、(絵)黒井 健

冷たい雪で牡丹色になった子狐の手を見て、母狐は毛糸の手袋を買ってやろうと思います。その夜、母狐は子狐の片手を人の手にかえ、銅貨をにぎらせ、かならず人間の手のほうをさしだすんだよと、よくよく言いふくめて町へ送り出しました。はたして子狐は、無事、手袋を買うことができるでしょうか。
新美南吉がその生涯をかけて追求したテーマ「生存所属を異にするものの魂の流通共鳴」を、今、黒井健が情感豊かな絵を配して、絵本として世に問います。

子どもの頃から、私の大好きなおはなしです。
先日義母に贈る手ぶくろを買いに行ったとき、「お手々がちんちんする」ということばがふっとうかんで思わず再読。やっぱりいいなあ・・・大好き。
なん人もの挿絵画家が絵をかかれ、いく種類も出版されているこのおはなし、私は黒井健さんが挿絵をかかれたこの絵本が一ばん好きです。つもった雪のさふさふっとした感じ、夜のとばりにほんのりとうかぶ橙色の燈火、狐の親子のやわらかそうな毛並みは、そこにとまった粉雪の結晶までも見てとれそうなほど。

子狐がはじめて雪をみる新鮮な驚き、手ぶくろを買ってやろうと思う母親のやさしさ、子狐の手を人間の手にかえてしまう不思議な魔法、母狐の人間にたいする不信感、洋品店のご主人の思いやりある態度、ひとりでお使いをする冒険、そして人間の親子の対話と子守唄・・・。
「かあちゃん、人間って、ちっともこわかないや。」
新美南吉さんのあつかう日本語がほんとうに美しい。ラストの母狐のことばがもったりと心になだれ落ちて、なんとも言えない余韻がのこります。これぞ日本の名作!
Author: ことり
国内な行(その他) | permalink | - | -
 
 

『ゆれる』 西川 美和

評価:
西川 美和
ポプラ社
¥ 1,260
(2006-06)

表紙の写真を見たとたん、足がすくむ思い。
鮮やかな濃緑、ぽっかりとたたずむ森への入り口、そこに向かってまっすぐにのびる吊り橋・・・すいこまれてしまいそう。不安定で、不穏ななにかが待ってる。
描かれるのは、ある兄弟の物語。彼らがそれぞれ内に抱える虚飾と真実、嫉妬と羨望、そして葛藤。――いちど踏み入れたら、にどと戻れない。

東京でカメラマンとして成功した早川猛(たける)。
母の一周忌で久しぶりに帰郷した彼は、実家で家業を継いだ兄の稔、そして秘密を共有する幼なじみの智恵子とともに近くの渓谷へと足をのばした。
ところが渓谷にかかった吊り橋から流れの激しい渓流へ、智恵子が落下してしまう。その時そばにいたのは、稔ひとりだった。事故なのか、事件なのか。稔は逮捕され、やがて兄の思いと弟の思いが法廷でぶつかりあう。

片や都会で華やかな世界に羽を広げ、片や田舎で家業と父の世話に明け暮れる、暮らしぶりからその性格まで何もかもが対照的な猛と稔。
猛は兄を尊敬しつつも軽蔑し、稔は弟をかばいながらも羨望します。胸にうずまく複雑な感情を持てあまし、それでも兄弟として繋がり続けてきたふたりでしたが、温厚で穏やかな表情の裏で鬱屈した思いを少しずつくすぶらせてきた稔は、ある日それを暴発させてしまうのです。
兄を救おうと奔走する猛、稔の豹変ぶりに呆然とする父など、登場人物それぞれの独りがたりがつむぎ出す、静かな狂気の物語。
山あいの霧深い朝のようなシンと張りつめた空気と、それをかき乱すかのように唐突に感情をあらわにする人びと。その緩急がうむ緊張感に、探りあいゆれ動く心のゆくえに、頁をめくる手を止めることはきっとできないはず。

話題の映画『ゆれる』の原案・脚本・監督すべてを手がけた西川美和さん自身による渾身の小説化。よけいなものがそぎ取られ、人間の本質的なぶぶんを容赦なくさらけ出した心理描写と、最後の最後までゆれ続ける‘真実’に、背すじがたまらなくぞくぞくしました。映画とはまたちがった魅力が味わえます。
Author: ことり
国内な行(その他) | permalink | - | -
 
 

『さくら草』 永井 するみ

評価:
永井 するみ
東京創元社
¥ 1,995
(2006-05-27)

清純な初々しさと上質な高級感を兼ねそなえたデザインで、ローティーンの少女たちに絶大な人気を誇るジュニアブランド「プリムローズ」。そんな「プリムローズ」の服をまとった少女ばかりが狙われる、連続殺人事件が起こります。

「プリムローズ」を着た少女に異常な執着をみせる「プリロリ」(プリムローズ・ロリータ)と呼ばれる男たちの犯罪なのか?少女たちが犯人に誘われてついて行ってしまった理由、彼女たちを釣った‘餌’は何だったのか?
事件の謎を追うのは、ブランドにもファッションにも疎いおじさん刑事・俵坂昭三と少年課あがりの女性刑事・白石理恵のコンビ。
一方で、「プリムローズ」をここまでに育て上げ、心底「プリムローズ」を愛するゼネラルマネージャー・日比野晶子が、‘プリムローズ殺人事件’によって失墜寸前のブランドイメージをなんとか守ろうと奮闘する姿が描かれます。
このふたつの展開を主軸に、華やかなファッションブランド業界の裏事情や、もはや少女たちばかりでなくその母親までもが「プリムローズ」の魅力に憑かれのめり込んでいく病的な社会現象を複雑にからませたミステリー。

永井するみさんの本を読むのはこれがはじめて。
新刊だったのでなんとなく手にしてみたら、想像以上のおもしろさ!上下2段組の長編でしたが一日足らずで読み終えてしまいました。
ジュニアブランドにハマる母娘、無法地帯と化したネットでの闇取引、読者モデルにコンテスト・・・現代社会の‘狂気’ともいえるぶぶんがあぶり出され、スリル満点のストーリーに頁をめくる手が止まらないのです。お話を引っぱってくれる晶子と理恵に好感がもてたことも大きいのかも。女性ならではの心理をこまやかに、しかも無理なく描くのがうまい作家さんなのですね。
・・・ただ、最終的に明らかになる真犯人の性癖に、とってつけたようなどこか強引な印象が残ってしまったのがざんねんでした。ほんの一文、ぼんやりでかまわないから性癖についての伏線がほしかったなぁ・・・。
Author: ことり
国内な行(その他) | permalink | - | -
 
 

『初恋』 中原 みすず

評価:
中原 みすず
リトルモア
¥ 1,680
(2002-02-15)

私は「府中三億円強奪事件」の実行犯だと思う。だと思う、というのは、私にもその意志があったかどうか定かではないからだ。ただ、どう言ったらいいのか・・・、時間を戻すことが不可能ならば、せめてこの物語を書くことで、私は私から開放されたいのかもしれない――

1968年12月10日。東京・府中。
雷雨の朝、白いオートバイ。18歳の少女。
あの「三億円事件」の秘密の扉が、今静かに開かれる。

諸説ある「三億円事件」の真相。
多くの謎を残したまま時効が成立したこの事件について、これはまるで回想手記のように一人称で綴っていく物語です。
中原みすずさんが書かれたこの本は、主人公の名前もまた「中原みすず」。そんな描かれ方に私たちは、ほんとうに彼女が犯って書いたのでは?と思わされ戸惑ってしまうのです。ここに記されているのはすべて真実なのかしら。だって犯人は結局捕まらなかったのだから、その可能性をどうして否定できるかしら、って・・・。

実行犯・みすず(当時女子高生)の犯行動機は、主犯格の男・岸にたいする「初恋」でした。岸となにかを共有したいという一心から、みすずが犯行に加担し実行犯につくり上げられていく過程は、やけにリアルに感じます。こういう一直線に熱のこもった感情・・・私にも思い当たるもの。
孤独とたたかってきた少女が、誰かに頼りにされ、ひとりではないことを知って狂喜しつつ3億円強奪をやってのける。彼女を衝き動かしたのはお金ではなく、「初恋」。
たとえそれが犯罪でも、彼女にとってそれは輝かしいはじめての恋の記憶なのかもしれません。少なくとも彼女はそのとき、孤独ではなかったのだから・・・。
新宿のジャズバーにたむろする若者たち、ヒートアップする学生運動――ほの昏く埃にまみれた時代の空気と物語の伏線とが、曖昧な、けれど熱くせつないラストにとけあって、私はいつのまにか締めつけられるような喪失感のなかにいたのでした。

のどぼとけ 切って恋の血 見せようか ひとりがっての 君の背中に

私が生まれる何年も前に起こった未解決事件。
これが真相なのだと、どこかで信じたい気持ちがのこる。
Author: ことり
国内な行(その他) | permalink | - | -
 
 

『ガダラの豚』(全3巻)〔再読〕 中島 らも

文庫が出た時以来なので、ほとんど9年ぶりの再読です。
久しぶりに通して読んでみたけれど、やっぱり極上!
光と影。呪いと祈り。
最後はテレビ局の迷路でくり広げられる、スペクタクル大団円!!

おもな登場人物は、アフリカにおける呪術医の研究でみごとな業績を示す民族学学者かつ人気タレント教授の大生部多一郎(おおうべ・たいちろう)とその家族。
あとは研究助手の道満(どうまん)、奇術師で「超能力狩り」の異名を持つミスター・ミラクル、スプーン曲げ青年の清川、サイコセラピストの秋山ルイあたりでしょうか。
あまりたくさん書くと興をそぐので控えるけれど、第1部は怪しげな新興宗教からの妻・逸美の奪還、第2部はテレビ番組のロケで訪れたアフリカで、キジーツをめぐる呪術師との格闘、第3部は舞台を東京に戻し、大生部たちを追ってやってきた呪術師との最後の対決が描かれます。

人の心の奥深い闇をみつめる、まったく奥が深い物語。なのに笑えるシーンも随所に散りばめられていて、とにかく読み始めたらやめられない止まらない!
「おもしろい小説が読みたい」そう思ったらまずは手にとってみなくちゃ損、ソン!
こんなにおもしろい小説、他にないですよ。

追悼――
「らもさん、久しぶりに読んだけど、やっぱり最高でした。
 天国で思うぞんぶんお酒のんでますか?
 楽しいお話をたくさん遺してくれて、ほんとうにありがとう!!」
Author: ことり
国内な行(その他) | permalink | - | -
 
 

『さくら』 西 加奈子

評価:
西 加奈子
小学館
---
(2005-02-23)

理想の家族。
そう、このお話で描かれるのは誰もが理想とよぶにふさわしい家族です。
いつまでも恋人同士のように仲の良い父さんと母さん。数々の伝説を生み出し、みんなから愛されるヒーローのような兄ちゃん。顔立ちは美しいのにいっぷう変わった性格のミキ。そして、忘れちゃいけないサクラ。
語り手となる「僕」はちょっと目立たない存在だけど、幸せで、まあるくて暖かい何かにつつまれている家族。「あのときの僕らに、足りないものなんて何も無かった。」
――そんな‘理想の家族’を、ある日突然悲劇が襲って・・・。

ひとつの出来事をきっかけに歯車がくるってしまった家族の物語。
せつなくてかなしくて、底がみえないくらいに絶望的で。
けれどそれはどんな家族にも、どんな人生にも起こりうる可能性をふくんでいるから、だからこの本を読み終えた時、「伝えたい思いは、いま伝えなきゃ。」つよくつよくそう思いました。
神様がどんなボールを投げてよこすか、そんなの誰にもわからない。
人を想うあまり、ひん曲がってしまったいびつな感情をもてあます彼ら。けっして綺麗なものや綺麗な心をもった人だけが登場するお話ではないけれど、情景のひとつひとつが、家族のひとりひとりがとても愛おしく感じられました。・・・もしかしたら、ほんとうに綺麗なものってそういうものなのかもしれませんね。

どうかどうか、素直な気持ちで読んでほしい物語です。
素直な気持ちで読んだ人にだけ、届くものがきっとあると思うのです。
Author: ことり
国内な行(その他) | permalink | - | -