『私の男』 桜庭 一樹

評価:
桜庭 一樹
文藝春秋
¥ 1,550
(2007-10-30)

おとうさんからは夜の匂いがした。
狂気にみちた愛のもとでは善と悪の境もない。
暗い北の海から逃げてきた父と娘の過去を、美しく力強い筆致で抉りだす著者の真骨頂『私の男』。第138回直木賞受賞作。

凄い性愛。凄い物語。「凄い」という形容がとにかくぴったりな本。
北の果て、凍てつくように黒ずんだオホーツク海・・・水墨画のような色のない世界でつめたく燃えさかる、娘と父の禁断の愛。かくされた罪の軌跡。

ストーリーは主人公の腐野(くさりの)花が、婚約者を養父の淳悟に紹介するところから始まり、アルバムを逆からめくるように、二人の過去をさかのぼっていきます。
過去へ過去へとお話が進んでいくこと、とちゅう語り手を変え二人を客観的な目線でも追っていることが、内容により深みをもたせています。
けれど読んでいくうちにその絶望的な暗さ、文章全体から立ちのぼる狂気に、とても嫌な気持ちになりました。思いそのものは疑いようもなく一途なのに、ドロドロとした汚物にねっとりからめとられてしまうような。

「血の人形」・・・文中にあったこんな言葉が印象的。
血、というものの結びつきのやっかいな側面について、深く考えさせられます。父と母から、そのまた父と母から・・・年月をかけて脈々と受け継がれてきたふるい血が私に残したものについても。
正直言って、私はこの「凄い」本を好きではないです。本能が拒絶するみたい・・・。
本能。それって私に流れる血のことと、同義のような気もします。
Author: ことり
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『眉山』 さだ まさし

評価:
さだ まさし
幻冬舎
¥ 520
(2007-04)

東京の旅行代理店で働く咲子は、故郷の徳島で一人で暮らす母・龍子が末期癌であと数ヶ月の命と知らされる。ちゃきちゃきの江戸っ子で、気風のいい母は、「神田のお龍」として沢山の人々から慕われてきた。
徳島に滞在し、母を看取ろうと決心した矢先、咲子は母が自分に言わずに「献体」を申し込んでいたことを知る。それはなぜなのか?やがて咲子は、母が残した箱から、まだ会ったことのない父のことと母の想いを知っていく――。

さだまさしさんの書かれたものははじめて手にしたのですが、しっとりとした繊細な文章が心にスーっと入り込んできて、とても気持ちの良い読書ができました。
お話の舞台は徳島。随所にちりばめられたやわらかな阿波弁、三味と笛と太鼓の音、威勢のいいお囃子が、いまにも風にのって聴こえてきそう。
徳島は住んだことこそないけれど、身近な街です。私の親友の実家があり、一時はよくゆかたを着込み、阿波踊りを踊りに行きました。(誰でも加われる‘にわか連’という連があったのです) あの熱気と賑々しさ、そして世代をこえて土地の人びとがどれほどこのお祭りを愛し、楽しみにしているか・・それは近くで見てはじめて分かること。徳島の人たちがうらやましくなってしまったことを憶えています。

娘だから聞けない思い。母だから言えない思い。
プライド高く思い切りがよくて、情に厚い母・龍子と、何事も自分ひとりで決断していく彼女に淋しさとわだかまりを抱いてきた咲子。そんな母と娘の絆が、それぞれの恋とともに熱狂うず巻く阿波踊りの夜にかさなり紡がれていく物語。
自分の人生に誇りをもち、最後まで凛とした佇まいをくずさない龍子の姿にすっかり魅了されてしまいました。ちゃめっ気たっぷりの「まっちゃんの嘘つき!」にも・・・。
愛する母が死を前にしている、その言葉にならない悲しみを描いているのですが、静かななかにも燃えるような‘情熱’が感じられて、胸が熱くなりました。
Author: ことり
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『一瞬の風になれ』(全3巻) 佐藤 多佳子

天才サッカー少年の兄の背中を追い続けてきた新二、天賦の才能でスプリンターの名を欲しいままにできるはずの連。幼馴染の二人が高校で陸上部に入ったところから始まる物語。
男のコ目線で爽やかに語られていく、高校陸上・ショートスプリントの世界。けっして強豪ではない公立の高校で夢の大舞台・インターハイをめざす部員たちの姿が、「イチニツイテ」、「ヨウイ」、「ドン」というサブタイトル通り、まさにそんな感じで巻を追うごとに加速して描かれていくお話です。

じつは小中高とスプリンターだった私・・・お話に入りこみながらもいろんなシーンで記憶がよみがえり、自分を重ね合わせてしまってばかりいた気がします。
佐藤さん、きっとものすごく取材されたのでしょう。こまかなところまでかなり忠実で、ほんとウソがなく、どっぷり‘あのころ’に引き戻されました。
私は「近畿」だったから「南関東」をめざす彼らとは違うぶぶんもあったのだけど、新二とは種目もおなじ100mと200mと4継リレー・・・練習メニューなど目に見えるものはもちろん、選手たちのちょっとした心の動きまでが過去の記憶をよび覚まします。

日々の苦しい練習。死ぬかとおもった合宿。
怪我、挫折、歓喜、友情、恋愛。
0.01秒に泣いたこと、バトンミスで失格になったくやしさ、準決勝・決勝と進むにつれのしかかる重圧、近畿大会に出られたときの自分の体じゃないみたいな高揚感・・・
部室の汗と土とエアサロのまじったような匂いから、みんなの「ファイット!」って声、競技場のタータンを並行ピンのスパイクで踏みしめたときの感触まで・・・
ぜんぶ昨日のことみたい。
もう陸上から離れてずいぶん経つのに、いつまで経っても‘あのころ’って消えない。
それはもうにどと戻ってはこないから、その過ぎた日々たちが今、キラキラまぶしく愛おしいのでしょうね。
陸上をやってよかった。みんなに、先生に、出会えてよかった。感謝の気持ち、言葉にならない思い、そういうすべてがつまっていて、涙がとまらなかった本です。陸上に縁がある人もなかった人も・・・このすばらしい世界を感じてもらえたらうれしい。
「スプリントは残酷だ。
 でも、こんなに爽快なものはないな」

目をとじればうかんでくる競技場・・・赤茶色と緑のコントラスト。
人びとのざわめきと、一瞬の静寂。
あのとき私は百分の一秒を競う世界にいた。
私はたしかに、一瞬の風になってた。
Author: ことり
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『銀の砂』 柴田 よしき

評価:
柴田 よしき
光文社
¥ 1,785
(2006-08-22)

売れない作家の佐古珠美はかつて、女流ベストセラー作家・豪徳寺ふじ子の秘書だった。珠美は恋人の俳優・芝崎夕貴斗をふじ子に奪われ、彼女のもとを去った。夕貴斗はその後ふじ子とも別れ、いまは音信不通である。
ある日、珠美のもとをフリーライターの男が訪ねてきた。夕貴斗のことを訊きたいと言う。なぜ今さら?過去が追いかけてくる。手に入れたはずの平穏な生活が崩れ始める――。

ふたりの女性の人生を軸にしたサスペンス。
美しく、妖しげなカリスマ的魅力を放つふじ子と、彼女の才能、ううん人生そのものにとりつかれがんじがらめになる珠美。いっけん単純な‘主と従’かに思えたふたりは、じつはそればかりではなく、お互いにねじれた執着をひそませていました。
それをお話のなかで少しずつ引きだして私たちの前に見せていってくれること・・・次々に視点を変え、過去と現在をなんどもなんども行き来させられることで、あらたな謎が生まれ、加速度を増してのめり込んでいった小説です。
だけど読み終えてなんとなくスッキリしないものが残るのは、私の気持ちとお話の方向性がずれていたせいなのかな?
‘彼女’が事件に関係していたのには驚かされたけれど、結局ふたを開けてみれば、そこにあったのはどこかで読んだことのあるような愛と憎しみで。
お話の素材や内容よりも構成力がまさった一冊、そんな印象をいだきます。
Author: ことり
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『ウェルカム・ホーム!』 鷺沢 萠

いちばん大事なのは、お帰りって声をかけてくれる人がいること。
親友の父子家庭に居候しながら家事と子育てに奮闘する元シェフ渡辺毅と、再婚にも失敗し前夫の連れ娘と引き離されたキャリアウーマン児島律子。
それぞれの「ウェルカム・ホーム」をさがすふたつの物語に優しい涙がとめどなくあふれる。まるで神さまからのギフトのような慈愛に満ちたサギサワの最高傑作!

‘家族’をテーマにしたふたつの物語。
けれどどちらもお話の中心にあるのは‘血のつながりのない家族’で、それぞれ主人公は一般的な既成概念にとらわれてもがいています。
毅のほうは、男は外で働いて女は家事をするものだ、という概念に。
律子のほうは、血のつながりにまさるものはない、という概念に。
ふたりがそれぞれ、もがきながらも‘ほんとうの家族’をみつけていく過程、それがとてもリアルに描かれている一冊です。

「おかえりなさい」
その声が心にひびいてくる風景。‘家族’のかたちがどうであれ、帰る家があって、あたたかく迎えてくれる人がいる――その心強いこと。
ずいぶん久しぶりに手にした鷺沢さんの本にほろり。人肌のぬくもりを感じました。
Author: ことり
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『しゃべれども しゃべれども』 佐藤 多佳子

俺は今昔亭三つ葉。当年二十六。三度のメシより落語が好きで、噺家(はなしか)になったはいいが、未だ前座よりちょい上の二ッ目。自慢じゃないが、頑固でめっぽう気が短い。女の気持ちにゃとんと疎い。そんな俺に、落語指南を頼む物好きが現われた。だけどこれが困りもんばっかりで・・・
胸がキュンとして、思わずグッときて、むくむく元気が出てくる。読み終えたらあなたもいい人になってる率100%!

江戸っ子口調の一人称でお話が進むせいでしょうか。とてもテンポがよいのです。
ひょんなことから落語を教えることになった三つ葉のもとに集まってきた面々はみんなワケアリ。吃音に悩むテニスコーチ、無愛想で黒猫みたいな女性、生意気な大阪弁の小学生、解説がうまくできない元野球選手・・・そろいもそろって負けん気が強い彼らはそれぞれ世渡りに苦労しています。
そんな彼らの凝りかたまった心を、馬鹿がつくほどおせっかいな三つ葉が少しずつほぐしていくのですが、三つ葉自身にも‘壁’は立ちはだかっていて・・・というお話。

自信って、一体何なんだろうな。自分の能力が評価される、自分の人柄が愛される、自分の立場が誇れる――そういうことだが、それより、何より、肝心なのは自分で自分を‘良し’と納得することかもしれない。‘良し’の度が過ぎると、ナルシシズムに陥り、‘良し’が足りないとコンプレックスにさいなまれる。だが、そんなに適量に配合された人間がいるわけがなく、たいていはうぬぼれたり、いじけたり、ぎくしゃくとみっともなく日々を生きている。

みんな欠点があって当たり前。コンプレックスさえ愛しくなるような、‘良し’と言ってあげたくなるような、そんな物語でした。
最後の高座のシーンと、三つ葉さんの淡いロマンスが読みどころかな。
読んでいるだけで癒されて、心がほこほことあたたかくなってくる・・・人づきあいがにがてな方にはとくにオススメの一冊です。
Author: ことり
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『あやまち』 沢村 凛

評価:
沢村 凜
講談社
---
(2004-04-24)

美園希実(のぞみ)は29才。
内気で用心深く、見知らぬ他人とはなるべく関わりをもたないように常にバリアをはって構えている、都会の独身OLです。そんな彼女が通勤途中にタツヤという男性と出逢い恋に落ちる‘必然’からはじまる物語。

地下鉄の、改札から地上まで、一度も曲がることのないまっすぐな通路。
わたしは一人、自分のあやまちを背負ったまま、前方の四角い青空に向かい、階段を一段一段のぼっていく。錯覚にすぎない希望の予感を抱きながら――。
この一文をそのまま切りとったような美しい装丁と、エピローグでのとても興味深い‘確率’のお話が、哀しさとせつなさの闇をいっそう深くするようでした。

もしも私がのぞみでも、あの状況ではおなじ反応しかできなかった気がします。だからこそ、いつかどこかで二人は・・・、そう祈らずにはいられない。
人はいつの日か「あやまち」を乗り越えられる、
何度だって‘必然’は起こる、
そう、信じたいのです。

本物の恋はきっと、言葉を交わす前に始まるのだ。
Author: ことり
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『その日のまえに』 重松 清

評価:
重松 清
文藝春秋
¥ 1,500
(2005-08-05)

先日なにげない会話のなかで、夫はこう言いました。
「俺より先に死なないでね」
わかんないよー、と軽くかわしたけれど、それはずしりと重たい言葉でした。

この世に生まれたものは、例外なく「その日」を迎える。
私も、家族も、友だちも、誰もかれもが今この瞬間も「その日」に向かって時を重ねている。それはいつ、どんなカタチでやってくるんだろう。
かけがえのない人の「その日」を、自分自身の「その日」を、私はどうやって受け入れて、どんなふうに迎えるんだろう。
いつか必ずやってくる「その日」。諸行無常。分かってはいるけれど――・・・

『ひこうき雲』、『朝日のあたる家』、『潮騒』、『ヒア・カムズ・ザ・サン』、『その日のまえに』、『その日』、『その日のあとで』――短編7作かと思いきや、ラストの「その日」3部作ですべてがつながります。
大切な人たちとの永遠の別れについて、いやおうなく考えさせられる一冊でした。
うたかたのような人生。あっけなく終わってしまう「幸せ」。置き去りにされた者の悲しみも、時の流れとともに少しずつ薄らいでいくことへの後ろめたさ。
闘病中の壮絶な描写などがいっさいないので、たしかに少し美しすぎるような印象も・・。だけどこの本の良さはそういうのとは別のところにあるのだと、私は考えます。

僕たちは、少しずつ、和美を忘れている時間を増やしていくだろう。
僕は、和美のことを忘れる。
けれど必ず、いつだって、思い出す。
Author: ことり
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『わくらば日記』 朱川 湊人

評価:
朱川 湊人
角川書店
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(2005-12)

昭和三〇年代。当時私は東京の下町で母さまと姉さまと三人、貧しいながらも仲むつまじく過ごしておりました。姉さまは、抜けるように色が白く病弱で、私とは似ても似つかぬほど美しい人でしたが、私たちは、それは仲の良い姉妹でした。ただ、姉さまには普通の人とは違う力があったのです。それは、人であれ、物であれ、それらの記憶を読み取ってしまう力でした・・・。
小さな町を揺るがすひき逃げ事件、女子高生殺人事件、知り合いの逮捕騒動・・・不思議な能力を持つ少女が浮かび上がらせる事件の真相や、悲喜こもごもの人間模様。現代人がいつの間にか忘れてしまった大切な何かが心に届く、心温まる連作短編集。
Author: ことり
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『クローズド・ノート』 雫井 脩介

評価:
雫井 脩介
角川書店
¥ 1,575
(2006-01-31)

『火の粉』『犯人に告ぐ』の俊英が贈る、新たなる感動作!
マンドリン部に籍を置き、文房具店でバイトに励む堀井香恵は、ごく普通の大学2年生。香恵はある日、一人暮らしの自室のクローゼットから、前の居住者のものと思われる1冊のノートを見つける。
興味本位でノートを手にする香恵。
そのノートが開かれた時から、彼女の日常は大きく変わり始めた――。
Author: ことり
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