『激流』 柴田 よしき

評価:
柴田 よしき
徳間書店
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(2005-10-21)

京都。修学旅行でグループ行動をしている、東京から来た七名の中学三年生。知恩院に向かうバスで、その中の一人の女生徒、小野寺冬葉が失踪し、消息を絶った――。
二十年後。三十五歳となり、それぞれの毎日を懸命に生きるグループのメンバーに、過去の亡霊が甦る。「わたしを憶えていますか?」
突然、送られてきた冬葉からのメール。運命に導かれて再会した同級生たち。彼らに次々と降りかかる不可解な事件。冬葉は生きているのか?そして、彼女の送るメッセージの意味とは・・・?「今」を生きるすべての人に贈る、渾身のサスペンスミステリー。

序章、修学旅行のグループ行動の最中に一人の少女が消えてしまい・・・、それから20年後、おなじグループだったメンバー6人の人生が突然翳りはじめるところから物語が動きだします。
20年もの時を経て、突然、つぎつぎに送信された「冬葉」からのメール。そのメールが届いて以来、彼らには明らかに何者かの悪意が働いた災難・事件が連続して襲いかかるのです。
6人は20年ぶりに集まり、ぼんやりした当時の記憶をまさぐりながら推理をはじめます。これは私たちにたいする‘復讐’?それともほんとうに冬葉が・・・?
運命の流れ。激流が迫っている。その音が、気配が聞こえる。冬葉が失踪したあの日に、その流れはあたしに向かって、いや、あの時冬葉を見失った仲間たちすべてに向かって、スタートしたのだ。そして二十年の歳月をかけて、今、それが届こうとしている。

生死すら分からないかつての級友の存在と、15歳の少年少女だった彼らが生きてきた20年もの人生の重み・・・。膨張する焦燥感と転がり落ちるようなストーリーに頁をめくる手が止まりませんでした。
行方不明の少女からの20年ぶりのメールというのは少しオカルトじみてもいるけれど、事件そのものはかなり現実的。だからこそみな、姿の見えない不穏な力に震えあがり、疑心暗鬼になっていきます。
最終的にうかび上がってくるある人物のねじれた悪意が、正直言ってその動機が少し弱いかなとか、20年前の記憶ってこんなに確かなものかなとか、小さなひっかかりがなかったといえば嘘になってしまうのだけど、上下2段組・525ページのヴォリュームながら、まる2日間寝食を忘れるくらいに没頭しました。
これぞまさに「激流」。どっぷりハマれるオススメの一冊です。
Author: ことり
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『4時のオヤツ』 杉浦 日向子

評価:
杉浦 日向子
新潮社
¥ 1,404
(2004-11-23)

都庁の新庁舎前でばったり会った父娘を取り持つクリームパン。煮え切らないボーイフレンドのグチを親友に訴えつつかぶりつく稲荷寿司。「オザキ死んじゃったね」、生への不安に目覚める女子高生とソフトクリーム。4時って本当に不思議な時間だ・・・。
4時。夜明け前。黄昏れ時。
そんなひと時を温める、とっておきの箸休め。江戸から昭和の東京が匂い立つ、ショートストーリーズ。蔵出し三十三編。

オヤツ一品につき掌編ひとつ。
セピアの食べもの、ありふれた会話、淡い夕空のようなせつない物語たち。
オヤツには遅くて夜ご飯にも早すぎる、半端な時間の「4時のオヤツ」。でもそんな、どこか怠惰で余分なものが幸福なんですよね。

「オヤツ」・・・このひびきだけでウフっとときめいてしまう私。
33ものオヤツたちが儚くともる、なつかしくてどこか艶っぽい掌編集です。
Author: ことり
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『無名』 沢木 耕太郎

評価:
沢木 耕太郎
幻冬舎
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(2003-09)

一日一合の酒と一冊の本があれば、それが最高の贅沢。そんな父が、夏の終わりに脳の出血により入院した。混濁してゆく意識、肺炎の併発、その後在宅看護に切り替えたのはもう秋も深まる頃だった。秋の静けさの中に消えてゆこうとする父。無数の記憶によって甦らせようとする私。父と過ごした最後の日々・・・。
自らの父の死を正面から見据えた、沢木文学の到達点。

私たちは、‘父’という人のことを、いったいどれほど知っているのでしょう。
そんなことを考えずにはいられないエッセイでした。

自分をどんな時も自由にしてくれた父。教養が高く、いつも正座をして読書をする父。58歳から俳句を始め、89歳までの間に数多くの句を詠んだ父。そんな父が死んでいく・・・沢木さんはうろたえます。避けられない現実を前に。父が死ぬということのあまりの実感のなさに・・・。
父がのこした俳句のなかにいままで知らなかった姿を見出し、父の原点に、また自らの原点に立ち帰ろうとする沢木さん。そして彼は父の死後、句集を編纂し、「父のような生き方こそ真の無頼と言うのではないか」と思い至るのです。
父には、何を訊いてもわからないということがなかった。この人といつか対等にしゃべることのできる日がやってくるのだろうか。そう思うと絶望的になることがあった。
沢木さんがどこかで畏れを感じ続けていたほどの人物でありながら、世俗的な成功や、自己顕示欲とはまったく無縁だった父の「無名の生涯」。その静かだけれど凛とした美しさに打たれつつ、離れて暮らす私自身の父のことを思いました。

差し引けば 仕合はせ残る 年の暮
Author: ことり
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『ハサミ男』 殊能 将之

美少女を殺害し、研ぎあげたハサミを首に突き立てる猟奇殺人犯「ハサミ男」。三番目の犠牲者を決め、綿密に調べ上げるが、自分の手口を真似て殺された彼女の死体を発見する羽目に陥る。自分以外の人間に、何故彼女を殺す必要があるのか。「ハサミ男」は調査をはじめる。
精緻にして大胆な長編ミステリの傑作。

正直、こんなおもしろいミステリーははじめてでした。
私自身がこんなふうにひっかきまわされ、こんなふうに裏切られるなんて!
「ハサミ男」の奇妙な自殺嗜好症候群や、第二の人格・「医師」との会話、「ハサミ男事件」を追う刑事たちが真相にせまろうとする様子にいたるまで、読み手にはすべて開示されるので、すべてを見渡せているような感覚になれるのです。それが、罠。
この作家さんをまったく知らなかったことも油断していた理由のひとつなのだけれど、快調に読書をたのしんでいた私はある頁を境に、え?え?ええっ?!の連続。私はまんまとしてやられたのです。
読み手である自分自身に降りかかってくる仰天と不可解の嵐。頭がくらくらして、そこから先はもう整理することでせいいっぱいで、戻ってみては納得できる糸口を探しました。‘すべてを見渡せている’ように感じさせられていた時点で、すでに私は作者の術中にはまっていたのですね。
人間がとらわれがちな先入観というものを最大限にあやつって、みごとに私を意図する世界へと引きこんだ、殊能さんの一本勝ち。・・・まいりました!
Author: ことり
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『ぐずべり』 清水 博子

評価:
清水 博子
講談社
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(2002-10)

北海道の大地で生まれ育った主人公の少女は、あまりに多感で敏感。 周囲の人間たちと摩擦の中、自分の物語はどんどん拡大してゆく。
頭の中の出来事と現実とがかみ合わない少女の視点から日常の機微を描いた「亜寒帯」。希望の持てない未来に少女が密かな復讐を試みる「ぐずべり」の2篇を収録。
硬く脆い殻の中。少女の機微を清冽に描く。

以前なにげなく購入した『街の座標』がよかったので、手にしてみた清水博子さんの最新作。
積もった雪の奥深く、息をひそめて存在している鉱石みたい・・・
いびつな光を放つ、ひやりと音のない小説だと思いました。些事のつまった日常に生々しくゆらめく狂気。息の長い文章、うねる官能。どこにも結ばれず、なににも交わらない孤独な「少女」の冷静なつぶやきに胸がきゅっと苦しくなる。
『亜寒帯』では中学生だった藍田亜子の記憶をたどり、そうして『ぐずべり』では時と語り手をうつしてなお記号化されたAA(=藍田亜子)の回想と傍観を。AAが内包する<AA>と≪AA≫・・・この絶妙な距離感がくるくると読み手をさらなるゆらめきの世界へ誘います。
かたくなで純粋で、なつかしくも痛々しい少女の思いが音もなく、とめどなく押し寄せてくるようです。
Author: ことり
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