『チョコレートの妖精』 片山 令子、(絵)100%ORANGE

片山令子×100%ORANGEが贈る絵本。
チョコレート、フルーツ、涙、ルビー、海・・・さまざまなものに宿る妖精がしあわせを運んでくれる。心がぽっと明るくなるはじめての妖精絵本。

こごえる夜のあたたかいココアみたいな・・・心にやさしい絵本です。
ちょっと落ち込んだわかものや女の子を、ふわりとやってきた妖精が元気づけてくれるおはなしが13編。きっと、どんなさりげないものにも妖精はいるんだね。
私は『さくらんぼ酒の妖精』が一ばん好き。

本をひらくまえよりも、心がほかほかぷるぷるになったみたい。
こんやは枕もとに置いて眠ります・・・。いい夢がみられそうで・・・。
Author: ことり
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『庭の小径で』 きたむら さとし、(絵)ロウラ・ストダート

評価:
きたむら さとし
BL出版
¥ 1,680
(2005-01)

一冊の本がひとつの庭を呼び醒ます。
それはだれもが心のなかにもっている小さな庭。
そこには、一輪の記憶の花がゆれている。なつかしい樹がたっている。
繊細さと気品にあふれた絵と、そこから紡ぎ出された言葉とが結晶した美しい果実のような一冊。

ひっそりと、とても香り高い絵本でした。
食卓は舞台、厨房はアトリエ、ベッドは船・・・
空のどこかに仕立屋がいて、雲にミシンをかけている・・・
ながめていると、遠く遠くどこまでもイメージが広がります。
白くしずかな空間に整然とならぶ繊細な絵、文字が奏でるうつくしい旋律。
なめらかなりぼんのように、心がふわっとほどけていくみたいです。

幸福は ちいさな ひだまりのなかに ある。
Author: ことり
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『君のいない食卓』 川本 三郎

評価:
川本 三郎
新潮社
¥ 1,470
(2011-11)

「食」を語ることで、ひそやかに亡き妻を昔のことを記憶にとどめたい。
文芸・映画評論の第一人者による「食エッセイ」の名品。

食べものの思い出は、どうしてこんなに愉しくてこんなにせつないものなのでしょう。
昭和19年生まれ、ちいさな旅好きの川本三郎さんが、幼少期のなつかしい食事や旅先で出会ったおいしいものについて語られていくエッセイです。

特別な日のウナ重、母のオムライス、姉の豚汁・・・
近所の焼肉屋のカルビスープ、函館のホッケ、余呉湖の鯉の洗い・・・

回想される食のお話はどれも親しみやすく、謙虚でやさしいお人柄に癒されます。そして時おり、30余年つれそい亡くなった奥様とのエピソードをいとおしそうにはさみ込まれる文章が、しんみりと静かにしみてくるのです。
食べものの思い出がいつも愉しくせつないのは、たいせつな誰かを思い出すことに似ているせいなのかもしれない・・・ぼんやりと、そんなことを考えていた私です。
Author: ことり
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『かわいいお取り寄せ』 甲斐 みのり

ほろりと砕けるほの甘い砂糖菓子、
空のしずくみたいに涼やかなゼリー、
雪のようにはかない口どけのボーロ・・・

わぁぁ〜、かわいい。おいしそう。
思わず笑みがこぼれてしまう、フワフワ幸せなお菓子のカタログです。
小さくて、淡くやさしいお菓子たち。たべたことのあるものもないものも、どれもなつかしい感じがするのはなぜなんでしょう。
「姫小袖」、「花うさぎ」、「しゃぼん珠」、「六花のつゆ」、「雪やこんこ」・・・つけられた名前まで、心ときめく愛らしさ。つくり手の方々のこまやかな心くばりが伝わります。お菓子そのものが、少女の夢や憧れをそのままかたちにしたようなロマンティックな世界観なのです。

これらすべて電話一本でお取り寄せできちゃうのもうれしい。
お菓子で季節を感じたり、子どもの頃を思い出したり、遠い街に思いをはせたり・・・そういう気もち、いつまでも忘れずにいたいですよね。
かわいいもの・甘いもの好きの女性の方に。
Author: ことり
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『おかしな本棚』 クラフト・エヴィング商會

評価:
クラフト・エヴィング商會
朝日新聞出版
¥ 1,995
(2011-04-20)

これは本棚の本です。本の本ではなく、本棚についての、本棚をめぐる、本棚のあれこれを考える本。
こんな文章で幕をあける「本棚の本」。
かたちあるモノとしての本たちが、背中で語りかけてくる本棚エッセイです。
クラフト・エヴィング商會の吉田篤弘さんにとって本棚とは、「「読み終えた本」を保管しておくものではなく、まだ読んでいない本を、その本を読みたいと思ったときの記憶と一緒に並べておくもの」だそうで、読み終えて気に入った本を本棚にならべておきたい私とは、真逆の発想!もちろん彼の本棚にだって読み終えた本やなんども読む本もあるそうだけど、「いつでもそこに「読みたい」が並んでいるのが本棚で、その愉しさは、読まない限りどこまでも終わらない」、「(たとえ読まなくても)その本がこの世に存在すると知っているだけでいい」とも述べています。
(ちなみに、蜂飼耳さんのエッセイ『秘密のおこない』にはこんな文章があります。いわく、「本は本棚にあるもの、とただ眺めて済ませるわけにはいかない。近づき手に取り、開いてはじめて、その一冊の生を活かすことができる」)

――そう。本棚にたいする価値観だけでもいろいろです。
100人いれば、100通りの本棚がある。
みんなどんな本を持ってるの?どんなふうにならべているの?他人の本棚をのぞかせてもらうのは、本好きにはたまらない愉しみなのです。
「ある日の本棚」「森の奥の本棚」「金曜日の夜の本棚」「美しく年老いた本棚」・・・
吉田さんのとっておきの本棚から、テーマごとに撮影された美しい背表紙たち。函入りの本、時を経たあめ色の本、お澄まし屋さんにひょうきん者・・・その奥に広がる果てしない物語に憧れては、活字たちの無言のざわめきに耳をすませる。「変身する本棚」では新潮文庫の『変身』(カフカ)が何十冊もならんでいます。装丁が大好きで「古本屋で見かけるとつい買ってしまう」んですって。
本のデザイナーとして、小説家として、そしてなにより‘大の本好き’としての魅力がたっぷり伝わってきてワクワクしました。私だったら、たとえば「金曜日の夜の本棚」にはどの本をえらぶかしら・・・そんなことも考えてみたりして。

吉田さんの愛情がそそがれ、ますますいい雰囲気を放つ背表紙たちに、幸福感がぽこぽことこみあげてきます。
と同時に、我が家の本棚への愛情も増すような気がするのです。
Author: ことり
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『ふかふかウサギ』〔再読〕 香山 彬子

ふかふかウサギのトントンを知っていますか?
私が小学生の頃に大好きだった、「ふかふかウサギのぼうけん」シリーズの主人公です。
トントンは白いふかふかのちいさなウサギで、でもじつはウサギ島にある世界宇宙局の協力員。天文学がとくいで、星と音楽を愛するとくべつなウサギなのです。

東京にやってきたトントンは、せかせかした都会をきらい、星のみえない空をなげき、タロウおじさんや町の人びとに宇宙のすばらしさをいっしょうけんめい伝えます。
まっすぐでうつくしい心をもったトントンにふれていると、こちらまでたちまちふんわりとやさしい気持ちになれるから不思議。ふだんちょっとしたことでイライラしたりするおこりんぼうの私がどこかに行ってしまうみたいです。
 
うつくしいひびきは、だれの心の世界にも、いろいろな形で鳴りびびくものだ。それはみんな、それぞれのすなおな心のひびきだ。そのひびきを、いつも心の中にもてるひとは、しあわせなひとだ・・・。そして、このウサギも、宇宙の神秘や星のうつくしいかがやきに感動するしあわせなウサギなのだ。

全5巻のシリーズのうち、この復刻版『ふかふかウサギ』には、『ふかふかウサギ ぼうけんのはじまり』一冊ぶんが収められています。
もう手元にはのこっていないけれど、ほかの4巻もほんとうにおもしろかった。当時シリーズをすべて読み終えてしまった私は淋しくなって、トントンのその後の物語を空想しノートに書いたりしてたっけ・・・。
ふわんふわんの毛並み、ポロン香水の甘い香り、ニンジンとクローバーのサンドウィッチ、夜空の星ぼしの素敵なおはなし――ひさしぶりに再会して、あまりの懐かしさに泣きそうになってしまいました。
子ども部屋でトントンの冒険に胸をふくらませていたちいさな少女にもどったような、そんなあまずっぱい気持ちでいっぱいの私です。


■ 「ふかふかウサギのぼうけん」シリーズ (現在はすべて絶版)
『ふかふかウサギ ぼうけんのはじまり』
『ふかふかウサギ 海の旅日記』
『ふかふかウサギ 砂漠のぼうけん』
『ふかふかウサギ 夢の特急列車』
『ふかふかウサギ 気球船の旅』
Author: ことり
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『台所のおと』 幸田 文

女はそれぞれ音をもってるけど、いいか、角だつな。さわやかでおとなしいのがおまえの音だ。料理人の佐吉は病床で聞く妻の庖丁の音が微妙に変ったことに気付く・・・音に絡み合う女と男の心の綾を小気味よく描く表題作。他「雪もち」「食欲」「祝辞」など十編。
五感を鋭く研ぎ澄ませた感性が紡ぎ出す幸田文の世界。

幸田文さんは、私に‘竹’を思い起こさせる人。凛とまっすぐで、しなやかに強くて。
しっとりとした女らしさが文章から匂いたってくる、日本女性の鑑のような人。

やはりことさら素晴らしく感じるのは、『台所のおと』でしょうか。
障子越しの病床で、台所仕度のちいさな音に夫はじっと耳を傾けている。
ほの昏い和室のしつらえ、包丁の音のささいな変化、お番茶の香ばしさ、しおしおと降る春の雨・・・空気のふるえまでも伝わってきそうな清らかで艶っぽい情景描写はふとした日常のしぐさを丁寧にすくい上げ、そこにスッ・・、と哀しい翳を落とす。
美しい身のこなしや、台所の物音ひとつで描き出される夫婦の絆、そんな密やかな気配にとけ込ませた鋭さがきりりと胸にひびいて、いつのまにかしんと厳かな気持ちになっていた私でした。

お話のひとつひとつがしずかな光を放ち、そっとまたたいている短篇集。
日々のたわいないできごとに、人の心情の移り変わりに、心をもっとすませたい。
文さんの文章に触れていると、自然と背すじがのびる思いがします。
Author: ことり
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『ちいさなおひっこし』 こみね ゆら

家族4にんと1ぴきですんでいる、すてきな家。
家にはえんとつと、花もようのカーテンの窓があります。りんごの木のあるお庭もあります。そんなすてきなおうちがある日どんどんちいさくなりはじめて――。

しんじられないことだけど、どうやら、
おとこの子や おんなの子が おおきくなったのではなくて、
いえのほうが ちいさくなっていくようなのです。

淡くて繊細、おままごとのような可愛らしさで描かれていくふしぎな物語。
おうちがちいさくなっていくのもふしぎ。家具やお皿や洋服までちいさくなっていくのもふしぎ。のんびりとして、あまり深刻そうにみえない家族たちも、やっぱりふしぎ。
なんだかこの家、アリスがまよい込んだ不思議の国みたいです。奇妙で不条理で、そわそわと愉快で。
そうしておしまいのページに置き去りにされていくもうひとつのかわいい謎・・・。
おかしなおかしなふしぎづくしの絵本です。
Author: ことり
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『わたしは驢馬に乗って下着をうりにゆきたい』 鴨居 羊子

思い切って買った、ひとひらの花弁に似たピンクのガーター・ベルト。「買った翌日から洋服の下につけた。私の中身はピンク色に輝き、おなかは絶えず一人笑いをした。とくにトイレへ行くときがたのしみである。ぱっとスカートをめくると、たちまちピンクの世界が開ける。おしっこまでピンク色に染まっているようであった」。たった一枚の下着による感動が、鴨居羊子の人生を変えた。

昭和30年代、華やかでアヴァンギャルドな下着を日本でさいしょに発表したデザイナー・鴨居羊子さんのエッセイです。
地味な商品しかなかった時代に、もっと女性に下着のおしゃれを楽しんでほしい、そんな一心でゼロからはじめた下着の会社「チュニック」起業の物語は、ひらめきと試行錯誤がいっぱい。
思いきった(当時としてはかなり大胆な)デザインの下着、情熱的でスキャンダラスないくつものエピソード。でもそんななかにふとかいま見える、海辺のどこかの村でできたての下着を驢馬に乗って売りあるくことを夢みる女の子のイメージ・・・ちらりとのぞく可愛らしさが好き。

きっぷがよくてのびのびと正直な物言いは、武田百合子さんや佐野洋子さんをちょっと彷彿させました。
奔放で魅力的な文章。シャキシャキとそっけないくらいなのに、ときどきグサリと突きつけてくる哀しい一面があります。華々しさと孤独が混然とあって、それは外の世界で思うさま強気に働いた女性が自宅に帰ってひっそりと飼い犬を抱きしめる、そんなせつなさに似ているかもしれません。
Author: ことり
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『小さな町』 小山 清

評価:
小山 清,堀江 敏幸
みすず書房
¥ 2,808
(2006-10)

新聞配達をして戦前の数年間を暮らした下谷竜泉寺町、炭坑員としておもむいた雪深い夕張の町。これら「小さな町」で出会った、それぞれの、ささやかな人生を、懸命に静かに生きる人々。人生のよろこびやかなしみを、不器用な手つきですくいあげるように綴る。
表題作の他「をぢさんの話」「雪の宿」など短篇10篇を所収。1965年、不遇のうちに53歳で没し、近年ふたたび注目を集めつつある作家の代表的作品集。

やさしく灯る心遣い、じんわりとしみてくる人肌のぬくもり。
町から町をさすらう旅人のような人たちと、その土地で地道に暮らす人びとの生活がやさしく響きあい、つかのまのささやかな心の交流が生まれる。
戦争へと向かっていく貧しい時代に、けれどたしかにあった‘ふれあい’のエピソードをいくつも積み上げるようにして描かれた自伝的小説集。

私はただこの親しみのことを語りたくて筆を執つただけである。それにこの町も戦災のために無くなつてしまつて、そこに住んでゐた人たちも離散して、いまはその消息もわからないといふことが、私にこれを綴らせるのである。
どのお話も、ずいぶん時が流れたのち、「いまはもうここにはない町」を思い起こしながら書かれています。下谷での新聞配達時代、夕張炭坑での暮らし・・・記憶のなかのふたつの土地からうかび上がってくるのは、レンズの奥でさかさまの小さな光景になってしまったような遠い日々。心地よく閉じられた、後ろめたい過去たち。
たびたび警察のやっかいになる「をぢさん」や、裏の顔をもつ「与五さん」、その弟でぼんやり屋の「太郎さん」など、この本に出てくるのは素朴で不恰好で、どこかしらに弱みをかかえた人ばかりです。不遇つづきの著者は、そんな彼らにそっとよりそい、温かい郷愁にも似たまなざしを投げかけています。
Author: ことり
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