<< 『圏外へ』 吉田 篤弘*prev
『ルウとリンデン 旅とおるすばん』 小手鞠 るい、(絵)北見 葉胡 >>*next
 

『精霊たちの家』 アジェンデ、(訳)木村 榮一

不思議な予知能力をもつ美少女クラーラは、緑の髪をなびかせ人魚のように美しい姉ローサが毒殺され、その屍が密かに解剖されるのを目の当たりにしてから誰とも口をきかなくなる。9年の沈黙の後、クラーラは姉の婚約者と結婚。精霊たちが見守る館で始まった一族の物語は、やがて、身分ちがいの恋に引き裂かれるクラーラの娘ブランカ、恐怖政治下に生きる孫娘アルバへと引き継がれていく。
アルバが血にまみれた不幸な時代を生きのびられたのは、祖母クラーラが残したノートのおかげだった――幻想と現実の間を自在に行き来しながら圧倒的な語りの力で紡がれ、ガルシア=マルケス『百年の孤独』と並び称されるラテンアメリカ文学の傑作。

恋のよろこび、嫉妬、愛欲、憎悪、怨恨・・・
ある一族のさまざまな感情の糸をたんねんにつむぎ、幻想的な側面と歴史的事実をとり入れながら、まるで巨大なタペストリーのように織り上げられていく物語。
なにかに憑かれたように――ひょっとしたら、これもクラーラの魔力?――4日間、眠る時間をけずって読み耽りました。エピローグでは胸のざわめきと熱い涙に体ごと支配されて、うかび上がる豪奢な一枚絵に、ほうう・・・陶酔のため息。

1973年チリ・クーデターまでの一世紀を、クラーラ、ブランカ、アルバ、と三世代の女性たちを軸に描いていく物語は、幻想的でありながら、日々の営みや人間の愚かしさなどがずっしりとした現実感をもって心にひびいてきます。
たとえば、老いた母の介護に明け暮れ婚期をのがしたトゥルエバの姉・フェルラの淋しさや、数々の試練をくぐり抜け少女時代の恋をようやく実らせる段になって結婚をしぶるブランカの迷い・・・。自分が体感したことのない感情でも、「ああ、この気持ちすごく分かる」なんて、いつのまにか私は物語の女性たちの心のうちを自分のそれとすりかえて読んでいたの・・・。
そして時おり挟まれる一人称の語りで、そんな彼女たちの女ごころをちっとも理解していない男として、お話に君臨するエステーバン・トゥルエバの存在。
クラーラと結婚し、荒れ果てた農地ラス・トレス・マリーアスを再建、ゆくゆくは国会議員にまで上りつめる彼は、怒りっぽく分からず屋で、すぐに暴力と権力にうったえる厄介な男として描かれています。それでいて後悔や自責の念にかられながらも自分を変えられない、そんなトゥルエバは同時にとても哀しかった・・・。

女たちの甘やかな秘めごとをかくした幾千もの夜、愛情に飢えた孤独な男ががむしゃらに彷徨う迷路――読み手をとらえて放さない物語の大きなうねりに時間を忘れ、本を読むことの至福をめいっぱい感じさせてくれた本です。
全編をやさしい魔力のヴェールでつつみ込み、精霊たちと心を通わせいつでもおしゃべりのできたクラーラの、こんな言葉が心にのこりました。
「この世に生まれてくる時もそうだけど、死ぬ時も、死がどういうものか分からないから恐ろしいの。だけど、恐怖というのは、現実となんの係わりもないもので、心の中のできごとなのよ。生も死も、けっきょくはひとつの変化でしかないのよ」

はるかな歴史をわたり、織物のたて糸のように私のなかに流れこんでくるもの。
こんなちっぽけな私のことも、たくさんの先祖たちが精霊となり、見守ってくれているのかしら・・・。だとしたら、素敵。

(原題『LA CASA DE LOS ESPÍRITUS』)
Author: ことり
海外ア行(アジェンデ) | permalink | - | -
 
 

スポンサーサイト

Author: スポンサードリンク
- | permalink | - | -