<< 『悪魔のりんご』 舟崎 克彦、(絵)宇野 亜喜良*prev
『太宰治 滑稽小説集』 太宰 治 >>*next
 

『モンテ・フェルモの丘の家』 ナタリア・ギンズブルグ、(訳)須賀 敦子

マルゲリーテの館はモンテ・フェルモにある。友人たちはこの館がモンテ・フェルモ(不動の山)の名の如く、いつまでも存在すると信じていた。何が起こっても<ここ>さえあれば・・・。
60年代から70年代にかけてそれぞれが謳歌した自由。そのつけを、今、砂を噛む思いで支払っている主人公たち。手紙形式で登場者の心を表現し切った話題の小説を名手・須賀敦子のすばらしい訳で。

ローマから兄を頼ってアメリカに旅立とうとしている50すぎのジュゼッペと、モンテ・フェルモの家<マルゲリーテ>に家族と暮らす40まぢかのルクレツィア。過去に関係のあったふたりの男女の‘友情’を軸に、いくつかの家族の幸福と不運を、93通もの手紙であぶり出していく物語です。
かなり多くの人びとが登場するので、まずはその複雑な人間関係をつかむまでがちょっと大変だったかな・・・。けれどいったん整理がつくと物語は音をたてて動きだし、私のなかでぐんぐん加速するのが分かりました。

「手紙」というのは言うまでもなく、それを書いた人の主観がすべて。
でもこのお話は、ジュゼッペとルクレツィアのふたりだけの往復書簡だけで形成されているわけではなくて、たとえばルクレツィアの夫・ピエロからジュゼッペへの手紙にルクレツィアのことに書かれてあったり、ジュゼッペのいとこ・ロベルタからジュゼッペの息子・アルベリーコに宛てた手紙にジュゼッペのことが書かれてあったり・・・そんなふうにして客観的な視点をとり入れながら人びとの人生――性格や、まわりにどう思われているのかまで――を浮き彫りにしていく、そこにおもしろさがあります。
もちろん、相手に本心をさらけ出しているとはかぎらない、という怖さも。

一人息子や友人たちと遠く離れて暮らすジュゼッペは、大切な人をつぎつぎに喪います。ぎょっとするような奔放さをもつルクレツィアは、みずから家庭を崩壊させてしまいます。思いは報われず、みんながすこしずつ不幸になっていく物語は、読み終えたときにお祭りのあとのような独特のもの哀しさと倦怠感をのこしました。
血のつながり、愛情のつながり、友情のつながり。いろんな絆で結びつく「家族」があるなかで、彼らはモンテ・フェルモの家を不動の象徴としたかったのでしょうか。永遠にそこにあり続ける家、なにがあっても立ち帰れる場所、そう信じながら。

(原題『LA CITTÀ E LA CASA』)
Author: ことり
海外カ行(ギンズブルグ) | permalink | - | -
 
 

スポンサーサイト

Author: スポンサードリンク
- | permalink | - | -