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『薬屋のタバサ』 東 直子

評価:
東 直子
新潮社
¥ 1,470
(2009-05)

いま起こっていることは、すべて必然なんだと思う・・・身寄りを置き去りにして、山崎由実が流れついたのは商店街のはずれの薬屋だった。独身の店主、平山タバサはつかみどころがないが、町の住人からは信頼を寄せられ、山崎も次第に馴染み、解き放たれてゆく。
とどまり、たゆたう愉悦と、帰るべき場所を探す極上の恋愛小説。

やさしげで懐かしい雰囲気をかもしつつ、読むほどに募っていく不安感・・・。
気づいたらそこは、とある町のとある薬屋。昼間でもうす昏く、ひっそりとした昔ながらの薬屋は、白衣をまとった店主・タバサが乳鉢で薬を調合する乾いた音がさりさりとひびきます。
主人公の由実がどんな経緯でその薬屋に流れついたのかは誰も知りません。由実本人でさえも。ときどき人がすいこまれるように消えてゆくという町で、たびたび現われる幻影のような存在と、町の人びとの思わせぶりな態度に心乱されながら、謎めいた中年男・タバサと暮らし始める由実。
タバサの調合する薬の不思議な力、夜の「巡回」、奇妙な老女のたわごと、タバサの母親の手首から流れ落ちた血までものみ込んできた庭の池・・・「今目の前で起こっていることが、ぜんぶ夢の中のできごとのように思えてしかたがない」 主人公がこんなふうにつぶやくお話に、いっきに幻惑の世界へと誘いこまれてしまいました。

得体の知れないものがよどむ池の底のような世界には、血のにおいと薬のにおいがほのかにただよい、現実のものとは思えない気配にみちています。
肌の、一ばん柔らかなぶぶんを指でなぞられた時みたいな、ぞわりとした心地――タバサの言動にそんな感覚をいだいてしまったせいでしょうか、物語のなかに点々とこぼれる‘赤’に艶かしさを感じた私・・・。
血の赤、口紅の赤、紅葉の赤。赤い針さし、赤い唇、赤い薬包紙・・・私の目にどこか妖しく官能的にうつる、濡れたような赤い色たち。

過去、記憶、そして死。いまはもういない人びとが確かに生きていたという証と、いま私たちがここにいるという事実。それらすべてがいっしょくたにまざりあい、過ぎ去っていく時間のなかに解き放たれる――ころんだら、にどと出られない――生と死のはざまにある、艶かしくてフワフワした霞のような物語。
「遠くから来て、また、遠くへ行くためよ」
あいまいなラストに、不安感が拭えないまま、いまだぼんやりとたゆたっています。
Author: ことり
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