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『オキーフの家』 クリスティン・テイラー・パッテン、(写真)マイロン・ウッド、(訳)江國 香織

評価:
クリスティン・テイラー・パッテン,マイロン・ウッド,江國 香織
メディアファクトリー
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(2003-02)

20世紀のアメリカ美術を代表するジョージア・オキーフ。
それまで写真集や本のなかでしか見たことのなかった彼女の絵を、初めてじっさいに見たのは2年前。東京で行われた「フィラデルフィア美術館展」でのことでした。
私はそこに出展されていた一枚のオキーフの絵――ピンクの地のうえに白いカラーの花がうかんだ絵――を目当てに足をはこび、彼女の絵のまえで長い時間を過ごしました。美術館の一角で、ぽっかりと、その絵のまわりの空間ごと私はとらえられ、ひょっとして私はそのとき‘そこにいない’ふうになっていたかもしれません。

70年にもおよぶキャリアのなかで、彼女はある限定された種類のモチーフを描き続けた画家でした。おもに風景を、そして花と、動物の骨を。テキサスから画家を志しニューヨークへ、晩年はニューメキシコの荒野へ。そのライフスタイル自体が魅力的な伝説となった絵は、圧倒的な生命の存在感にあふれています。
この写真集は、彼女から撮影を許可された写真家マイロン・ウッドさんがアビキューとゴーストランチの家にかよいつめて撮ったたくさんのモノクローム写真と、看護人として身の回りの世話をしたクリスティン・テイラー・パッテンさんの乾いた文章で、たぐいまれな女性画家の‘生活’をよみがえらせたもの。
「あたかも、魂の邪魔をせず、横から光を当てるように撮られた」写真たち・・・そこに写し出されるのは、洗練された優雅さと落ち着きにみちた空間。アドービ(日干しレンガ)でつくられた独特の家には、質素な生活に必要な使い勝手のいい道具だけが置かれ、中庭の草木や、ディスプレイされた動物の角や白骨、窓辺にならべられた石たちに、日の光がふんだんにそそいでいるのが見てとれます。オキーフは美しい光のなかにひそむ永遠の生命力と強さを、いくつかの限定されたモチーフに見出していたのかな・・・そんなふうに感じられました。
こだわりをもち、きびしい自然と調和しながら生きた、明晰で純粋な孤高の女性画家。深い皺のきざまれた毅然とした表情とその生活空間から、彼女の生き様が濃やかに、力強く伝わってきて、背すじがのびる思いがします。
 
人は、その人の精神だけを、雲の中にまで連れて行くことができる。
まぶしい光が小道に踊る。それは騒々しいといっていいような眺めだが、雲たちは気にしていないようだ。時間同様、実態を持たないものたち――光、青空、あるいは音を出さない他のすべてのもの――の騒々しさをとがめる必要はない。結局のところ、それらの音をたてないものたちの音を聴き取ることは、私たちにはできないのだ。

(原題『O'KEEFFE AT ABIQUIU』)
Author: ことり
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