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『ラピスラズリ』 山尾 悠子

評価:
山尾 悠子
国書刊行会
¥ 3,024
(2003-10)

数年前、はじめて目にしたその日から、あまりの美しさにずっと憧れていた本です。
本にはそれぞれ気配というものがあるけれど、この本の匂いたつような高貴な気配への憧れは、もしかしたらほとんど畏れに近いもの、だったかもしれません。
入手したのはさいきんのこと。なんともいえない淡いブルーの函のなかには、パラフィン紙につつまれた贅沢な布張りの本。そしてじっさいにひもといてみて・・・私はこの本の放つ気配がけっして外見の美しさだけではなかったこと、しずかに、眠るように、美しい物語がひっそりととじ込められていたことを知ったのでした。

『銅板』、『閑日』、『竈の秋』、『トビアス』、『青金石』。つめたく煌く幻想小説が5つ。
冒頭の『銅板』にでてくる三枚の古色蒼然とした腐蝕銅版画――深夜営業の画廊で、「画題(タイトル)をお知りになりたくはありませんか」と店主に話しかけられるところから始まる物語は、それらの版画(<人形狂いの奥方への使い>、<冬寝室>、<使用人の反乱>)が頭のなかでくっきりと像を結び、ほんとうにこの目で見ているような錯覚をおぼえます。
幻想世界への夢の入り口を抜けるとそこは・・・。人形、冬眠者、尖塔、濡れ落ち葉、幾何学庭園、聖フランチェスコ・・・版画のなかの印象的なモチーフたちが折り重なる、妖しく不穏な美しいひとつの闇。
読み手はするりと世界に誘いこまれ、その深淵へとつれて行かれる。どこにもたどり着かない、終わりの見えない旅にからめとられる。まどろみと覚醒をくり返し、極上の聖堂で迷い歩きながら、ああ、私はいったいどこまで行ってしまうのでしょう。

これはきっと、なんど読み返してもそのつど発見がある、そんな本ではないかしら。
さっそく冒頭に戻り、もう一度読み返している私です。
ふわふわと覚束ない、心地のよい幻想の闇に魅入られて、もっと深く、もっと遠くに行ってしまいたい・・・。
Author: ことり
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