<< 『ジベルニィのシャーロット』 ジョアン・マックファイル・ナイト、(絵)メリッサ・スウィート、(訳)江國 香織*prev
『ママがプールを洗う日』 ピーター・キャメロン、(訳)山際 淳司 >>*next
 

『熊とにんげん』 ライナー・チムニク、(訳)上田 真而子

あるとき、ひとりの男がいた。男は熊を一とうつれていた。どこからきたのか、男はいおうとしなかったし、なんという名まえなのか、だれにもわからなかった。人びとは、ただ<熊おじさん>とよんだ――絵と文章の同時進行による独自の表現スタイルで知られるチムニクが24歳の時発表した、瑞々しい感性のきらめく処女作!

たまらなく、好み。奥が深くてほんとうに素晴らしい物語でした。
熊おじさんはふたりの友だち――ひとりは熊で、ひとりは神さま――と村から村へとわたり歩きます。鉄のフライパンと角笛と七つのまりをもって。ゆっくりと、いつもおなじ、ひと呼吸に三歩の足どりで。
熊はおどりができ、おじさんは七つのまりでお手玉ができるので、広場で人を集めて芸をします。そして(ここが重要なのですが)、熊とおじさんはお話ができます。おじさんには熊のことばが分かるのです。
「ねえ、おじさん。ぼくのおどり、どう?うまいだろ、ん?」
「うまいぞ、メドウィーチ。いい調子だ!」

お話のすべり出しは順調です。ふたりの芸は喝采をあび、日が暮れると泉のそばでふたりは食事をします。熊はおじさんにお話をせがみ、それが終わるとおじさんは、きまったひとつの音しかでない角笛で歌を聴かせます。銀(しろがね)の玉をころがしたように澄んだメロディーが夜の森にこだましました。
そんなふうに前半はとてもほほえましく、とちゅう奇妙な魅力のにわとり屋が加わったり、なにかとじゃまをしてくるドゥダの連中との闘いすらも愉しいものなのですが、長い年月が過ぎ、町をゆく車の数がどんどんと増えた頃、あるできごとをきっかけに物語は深い哀しみを帯びた淋しいものになってゆきます。

処女作からもうすでに魅力的な、チムニクさん特有の、繊細で愉快なペン画。森の木々が、渡り鳥が、農夫たちが、裸おどりの女たちが、野犬の群れが、そして子どもたちが生き生きと描かれ、おじさんと熊の旅する日々を彩ります。
どこまでも続く一本道。ひと呼吸に三歩の足どり。おじさんの、迷いやまじりけのないまっすぐな人生にうたれ、熊の淋しさや、思い出にすがる気持ちが胸にジンジンしみたとき、私は心が何かせつなくあたたかなものですっかりみたされているのを感じました。それは誰かを愛するときの気持ちにも似て――気のせいかしら、私はその時かすかに角笛の澄んだメロディーを聴いたのです。

(原題『Der Bär und die Leute』)

Author: ことり
海外タ行(チムニク) | permalink | - | -
 
 

スポンサーサイト

Author: スポンサードリンク
- | permalink | - | -