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『アルネの遺品』 ジークフリート・レンツ、(訳)松永 美穂

一家心中で一人だけ生き残った少年アルネは、父親の友人一家の新しい家族として迎えられる。けれども運命は彼にとってあまりに過酷だった。北ドイツの港町ハンブルクを舞台に、美しいエルベ河畔の自然の中で、ゆっくりと進行する繊細な魂の悲劇。

思わず息をひそめてしまうほど、あまりにもしずかな物語世界が広がっています。
僅かな空気のゆれさえも許さない、そんなはりつめた静謐のなかを美しい魂がひとりぽっちでさまよっているよう。
脆く壊れやすいガラス細工のように繊細な魂をもった12歳の少年・アルネ。豊かな感受性をもてあまし、自ら死をえらんだアルネの在りし日の思い出を、屋根裏部屋でともに暮らした17歳のハンスが思い起こす物語です。灯台の模型、海の地図、マニラ麻のロープ・・・彼が遺したいくつもの品々を手にとりながら。
哀しみも憤りも後悔もなにもかも抑えこんで、アルネに話しかけるように、時には弟のラースや妹のヴィープケに話しかけるように、やさしくやさしく紡がれていくハンスの語り口がとてもここちよくて、彼の震えるような囁きが聞こえてくるみたい。愛する者をつつみ込むあたたかいまなざしも。

すべてが過去形で書かれた小説・・・それはなんて哀しいものなのかしら。
かつてアルネに所属していたものを見るだけで、ありありと甦ってくる彼の姿。にどと帰らない過去たち、こみ上げる喪失感――それらが穏やかな港町の風景や人情に溶けあって、哀しみだけではないやわらかな美しさをかもし出しています。
その美しさに、雨上がり、厚い雲のすきまから海上へとまっすぐに光の差した‘天使の階段’を連想してしまった私でした。

久しぶりに手紙を読んで、どんなに多くのことを忘れていたかに気がついた。時間というものはいつも何かしら消してしまい、平らにならしてしまうものだ。でもぼくは次第に、時間が経っても過ぎ去らないものがたくさんあるのだ、と確信するようになった。たった一つの言葉だけで、すでに色あせ、消えてしまったかに見えるものを呼び戻すには充分なのだ。

(原題『Arnes Nachlaß』)
Author: ことり
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