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『ひとさらい』 ジュール・シュペルヴィエル、(訳)澁澤 龍彦

評価:
渋沢 竜彦,ジュール・シュペルヴィエル
大和書房
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(1979-11)

1926年に書かれた長編小説。古きよき時代のパリが舞台です。
物語は、主人公のフィレモン・ビガ大佐が、ル・アーヴル街で7、8歳の少年・アントワアヌをさらう(!)ところから始まります。
おちびのアントワアヌには大人の脚や、せわしなく動くスカアトだけしか見えないし、車道には、何百という車が目まぐるしく廻転したり、岩のようにいかめしいお巡りさんの足もとで、立ち停まったりしている・・・街の喧噪がそのまんま伝わってくるような、子ども目線の描写にドキドキさせられながら読み進めました。
アントワアヌがやってきた大佐の家には、大佐の妻・デスポゾリアと使用人たちのほかに、すでにさらわれこの家の子どもになっている双生児のフレッドとジャック、謎めいた青年ジョゼフがいて、やがて蒼白い美少女・マルセルが加わります。さいしょはアントワアヌ中心だったお話が、マルセルが登場し、ビガの心を惑わせるあたりからいっきに加速しはじめます。
ビガはもちろん‘誘拐犯’ですから、警察にばれやしないかとビクビクしているのですが、かわいそうな境遇の子どもたちはみんなビガが大好き。読んでいてそういうスリル感はあまり伝わってきませんでした。手抜かりのない文章でつむがれていく、心優しきひとさらいの物語、なのです。
マルセルに恋焦がれ、人格をうしなうほどにのめり込んでしまう大佐。恋の結末はせつなくて、そしてどこか滑稽です。あとがきで澁澤さんも「シュペルヴィエルというひとは、ずいぶんいじ悪なひとだと思う」と書かれていますが、たしかにこれじゃあビガがちょっとお気の毒かも・・・?

繊細さにみちた素敵な文章は引用していくとキリがないけれど、私はマルセルが大佐のお部屋をものかげからそっとのぞき込んでいるこんなシーンが好き。
彼女はその部屋の、閉ざされた鎧扉のかげに、真昼間からじっと身をひそめているのが好きだった。そこにいると、大佐が新聞をかさこそと畳む音だの、大きな咳ばらいをする音だの、マテ茶の薬罐と皿とがぶつかり合う音だのが聞えて来る、また、何ものかを追いかけるように、この小さなサロンのなかにまで漂って来る外国人の吸う葉巻の煙の、よい臭いがするのだった。

(原題『LE VOLEUR D'ENFANTS』)
Author: ことり
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