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『春琴抄』 谷崎 潤一郎

評価:
谷崎 潤一郎
新潮社
¥ 400
(1951-02-02)

音曲の才能と美貌に恵まれながら、幼くして盲目となった春琴。その春琴に仕える奉公人・佐助の異常なまでの愛と献身を描いた物語。
内容をまったく知らないわけではなかったのに、じっさいに読んでみるとその美しさ、おぞましさたるや眩暈のしそうなほど・・・。文学というものはあらすじだけではけっして味わいつくせないものだけど、この本はその最たるものではないかしら・・・?
少なくとも、私にはそう思えました。

春琴と佐助の生涯をたんたんと語るのではなく、数十年の時を経て第三者の「私」が『鵙屋(もずや)春琴伝』という小冊子をもとに伝聞と憶測を交えながらふたりの特異な愛をひもといていく、そんな手法が物語にふくみをもたせ、より奥深いものにしているよう。息つくひまもないほどに縷々つむぎ出されていく数珠のことばに、柔らかな大阪弁がかさなり、うっとりとした艶めかしさをかもし出しています。
春琴と佐助の、他者をまったく介さないふたりだけの世界がくり広げられていくなかで、やはり印象的なのは佐助が自ら目を潰した後につらなる「佐助は現実の春琴を以て観念の春琴を喚び起す媒介とした」というくだり。
眼が潰れると眼あきの時に見えなかったいろいろのものが見えてくるお師匠様のお顔なぞもその美しさが沁々と見えてきたのは目しいになってからであるその外手足の柔かさ肌のつやつやしさお声の綺麗さもほんとうによく分るようになり眼あきの時分にこんなに迄と感じなかったのがどうしてだろうかと不思議に思われた
光を絶つことで感覚を研ぎ澄ませ、さらなる恍惚に身をふるわせながら春琴に生涯をささげつくす佐助の姿は、私の理解を超えていながらもどこか憧れのようなものを感じさせるのです。
Author: ことり
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