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『猫を抱いて象と泳ぐ』 小川 洋子

評価:
小川 洋子
文藝春秋
¥ 1,780
(2009-01-09)

あまりにも美しく、あまりにも密やかで。そしてあまりにも哀しくて・・・。
最後の一行まで読み終えたとき、私は呆然と立ちすくみました。私はもうこの物語を泳ぎきってふり返る位置にいる・・・そんな儚さに襲われて。
まるで、自分だけが世界からとり残されてしまったみたいに。

デパートの屋上で、屋上から降りることなく死んだ象に思いを馳せ、自室のベッドでは壁と壁にはさまれて動けなくなった少女と言葉をかわす――寡黙な少年には、唇から脛の毛が生えている。なぜなら、彼は上下の唇がくっついたまま生まれたから。唇を切りひらくための手術で、脛の皮膚を移植されたから・・・。
そんな彼は廃バスに住む巨漢のマスターにチェスの手ほどきをうけ、その後チェスの大海原に乗りだしていきます。のちにリトル・アリョーヒンとよばれることとなるこの小さな小さな彼は盤上に雨上がりの蜘蛛の巣のように美しい模様を描き、その棋譜は詩のようなメロディを奏ではじめる――・・・

「あの子には言葉なんかいらないんだよ。だってそうだろう? 駒で語れるんだ。こんなふうに、素晴らしく・・・」

ぜんたいが、喪失感と静けさにつつまれています。
コツン、・・・思慮深く密やかにひびきわたるチェスの駒音たち。「慌てるな、坊や」・・・天から降ってくる、やさしさにみちたマスターの声。
それはそれは、消えいりそうなほどに慎ましやかな世界。
贅沢な静謐に耳をそばだて、私も果てしないチェスの海にそっと身をゆだねました。哀しいような愛おしいような、そんなせつなさに心のふるえが止まりませんでした。
白と黒の市松模様を見つけたら、廃バスを見つけたら、まだらの猫を見かけたら、私はきっとこの物語を思い出すでしょう。インディラを、ミイラを、マスターを、ポーンを、そして――伝説のチェスプレイヤー、リトル・アリョーヒンのことを。
Author: ことり
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