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『薬指の標本』 小川 洋子

楽譜に書かれた音、愛鳥の骨、火傷の傷跡・・・。
人々が思い出の品々を持ち込む「標本室」で働いているわたしは、ある日標本技術士に素敵な靴をプレゼントされた。「毎日その靴をはいてほしい。とにかくずっとだ。いいね」 靴はあまりにも足にぴったりで、そしてわたしは・・・。
奇妙な、そしてあまりにもひそやかなふたりの愛。恋愛の痛みと恍惚を透明感漂う文章で描いた珠玉の二篇。

音も、色も、時間さえも・・・世界を彩るなにもかもから隔離されている、ひそやかな空間。なまめかしく澄みわたる、淫靡な静謐さ。
「標本」「薬指」「浴槽」、こんな言葉たちがダークなゼリーで固められてしまったような、ひんやりと美しい物語が紡がれてゆきます。
桜貝のような薬指の肉片、保存液に浸されたものもの、浴槽での裸の愛撫、少しずつ足を侵しはじめる黒い靴――・・・
どこかを、なにかを、確実にうしなっていく。囚われ、薬指も自由も捧げ、躊躇うことなく愛に溺れる主人公。それどころか彼女は、自分の一部を差しだすほどに満ちたりてゆくように私には思えるの。ひっそりとほほえんでいるように。

「この靴をはいたまま、標本室で、彼に封じ込められていたいんです」
なんて淫らで甘美な告白・・・。
いつしか私も物語の水底に囚われてしまい、本をとじたあとも、この音のない狂気の世界からなかなか抜け出せないでいます。‘囚’という文字が、まるで誰かの標本にみえるのは私だけでしょうか。

今年、フランスで映画化されたそうです。
Author: ことり
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