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『夢の車輪―パウル・クレーと十二の幻想』 吉行 淳之介

半年ほど前に古本屋さんで購入したこの本は、1983年の初版本。
表紙の白いぶぶんはさすがにうっすらと黄ばんで、それがまたこの本にことのほか似合っている感じがします。
作者の淳之介さんはパウル・クレーにとくべつな感情をお持ちだったみたい。これはクレーの描いた12枚の絵に、彼があとからお話をつけたもの(といっても絵との関連性はほんの香りづけ程度)です。幾何の図形のようなのに繊細で幻想的なクレーの絵・・・大学時代に上野の美術館で初めて出逢った大好きな絵「猫と小鳥」を本の中にみつけたときには小さく叫んでしまいました。

「一つの夢から醒めたとき、まだその外側に夢があった」
『途中の家』、『光の帯』、『白と黒』、『台所の騒ぎ』、『灰神楽』、『赤い崖』、『鏡の裏』、『笑う魚』、『秩父へ』、『影との距離』、『謎』、『夢の車輪』・・・夢と覚醒を行ったり来たりの12のお話。不思議な世界。
読み手までもまどろみのなかに誘いこんで、ぼんやりとした私の脳裡によび起こすさまざまな‘匂い’の記憶。削りたての鉛筆の物悲しい匂い、ふっくら焼かれたホットケーキのこうばしい匂い、木に咲く花の甘い匂い――いまここには存在しないそれらの匂いに鼻腔をくすぐられた気がしたのは懐かしさも手伝ってのこと、なのかしら。
どのお話も‘恋愛’ばかりに焦点があてられてはいないのに、ドキっとするほど男と女の本質を捉えていて、そのこともとても印象的でした。
幻想と現実。美しい文章をまとって、そのまぎわに結晶した珠玉の掌編小説集。

身に着けているものはなにもないのに・・・。すくなくとも、なにも見えていない。それなのに、女は脱ぎ去ったものを、浜に投げる素振りをした。その一瞬、透明な膜の表面が、光の加減で虹の色に光ったようにおもえたが、結局なにも見えてはこない。しかし、女が透明な皮のようなものを一枚、脱ぎ捨てたような気がする。(『赤い崖』)
Author: ことり
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