<< 『まっくら、奇妙にしずか』 アイナール・トゥルコウスキィ、(訳)鈴木 仁子*prev
『悪童日記』 アゴタ・クリストフ、(訳)堀 茂樹 >>*next
 

『甘い蜜の部屋』 森 茉莉

少女モイラは美しい悪魔だ。生まれ持った天使の美貌、無意識の媚態、皮膚から放つ香気。薔薇の蜜で男達を次々と溺れ死なせながら、彼女自身は無垢な子供であり続ける。この恐るべき可憐なけものが棲むのは、父親と二人の濃密な愛の部屋だ――。
大正時代を背景に、宝石のような言葉で紡がれたロマネスク。

約一週間、文字通り「耽溺」しました。
純粋さと残酷さがまじわった、これほど妖艶な小説はいまだかつて読んだことがなくて、すっかり圧倒され、憔悴し、途方に暮れてしまった私です。
森茉莉さんが還暦すぎから10年がかりで書き上げたという原稿用紙900枚にもおよぶ長編小説。茉莉さんいわく「父と娘との間の深い愛情を描いた一種の恋愛小説であり、モイラという、ものすごく魅力のある若い女を描くことも主なテエマ」であるこの小説は、三部構成のうち、第一部まではお話の主人公・モイラと父・林作に、茉莉さんと鷗外(林太郎)さんの父娘関係が大きく投影されているようです。

父と娘の閉じられた「甘い蜜の部屋」、父と娘の愉しげな馴れ合いを通して、モイラの悪魔性――モイラがどんな少女で、どんなふうに甘やかされ、どんなふうに男を虜にし、どんなふうに破滅に追いやるか――が花の蜜みたいに濃密で甘やかな文章で縷々書き記されていく、空怖ろしいまでに背徳的な物語。
じっと眼を見開き、ぼんやりとして、ただ身体をくねらせて反応するばかりの、生きたお人形さんみたいな少女。そのくせ幼い時から、周囲の人間が自分に溺れたり夢中になったりする原因が、自分の綺麗な顔や体、皮膚、可哀らしい大きな眼にあるということを知っていた。そんなフワフワしたふてぶてしさ、百合のような香いと張り合いのなさが男たちを狂わせていくモイラ・・・。
モイラのような人がもしも実在しても、私はきっとなかよしにはなれないし、好きにもなれなさそう。なのにこの本を読むかぎり、とっぷりとモイラの虜になったのは、モイラの悪魔っぷりがとても美しくかぐわしく伝わってくるのは、なぜなんでしょう。それがそのままいとおしさに通じるものがあって、作者・茉莉さんの視点にどこか男性的なものも感じてしまいました。
暈りとした光のくぐもった眼である。(中略)モイラの眼は、酷く可哀らしいが、底に肉食獣を想わせるものが隠れている。自分に注がれる愛情への貪婪である。愛情を喰いたがっている、肉食獣である。モイラは自分に注がれている愛情の果実を、飽くまでむさぼり尽そうとする。まして林作の愛情は、黄金の果実の汁のように美味く、いい香いがするのだ。殆ど無意識の中でモイラは、(中略)林作の愛情を雫まで吸いつくそうと、している。その強い意力は、モイラの硝子によって鈍まることで、より強力なものになり、それが林作のすることを見ている可哀らしい眼の中に凝と潜んでいて、林作の心を限りなく、惹くのである。
Author: ことり
国内ま行(森 茉莉) | permalink | - | -
 
 

スポンサーサイト

Author: スポンサードリンク
- | permalink | - | -