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『兎とよばれた女』 矢川 澄子

目には見えない神さまと暮らす兎から、死への思いを募らせるかぐや姫まで。
さまざまな姿をかりて現れる女たちの物語が‘絶対的な愛’のもとに一本の糸でつながれていく不思議な不思議な物語。
自叙伝的といわれるこのお話、登場する兎や女たちのすべてが矢川さんの分身に思われ、その情念の深さに思わずひやりとしてしまいました。

序章では、普通とはちょっと違う夫婦の姿が語られています。
印象にのこったのは、(妻が)月並みに子供をほしがることになったらおしまいだ、というくだり。子供に妻を奪られないために「いっそのこと、ぼくが子供になってしまおう。」というあのひととの「おうちごっこ」。
人並みでない幸福、つかのまの恍惚の連続、醒めてはならないお遊戯――そして、そんな生活にしだいに疑問を感じながらも好きで好きでたまらないあの人への思いが、とどまることなくあふれていくのです。
「さればこそ、翼ある身ともなれたのではないかしら。わたしたちの結合はもともと天使的な結合、わたしたちの生活はいわば天上の生活で、世間並みのくらしをするため、子孫を生みそだてるために結ばれたばあいとは、まるきりちがっていましたもの。」

ぐるぐる渦巻くねじれた時空間に、体ごとフワリと巻き上げられるような読みごこち。
彼女のもつ赤くみずみずしい水蜜桃のような心臓は、爪をたてられ、その傷口からじくじくと体液をながす。
「人工の翼」を持つ女、小さな島国で神さまと暮らす兎、そして兎に差し出された<かぐや姫に関するノート>・・・女としてのあまりにも正直な感情の吐露、「純粋」というもっともきわどい綱渡りに、狂おしくせつない気持ちが胸にこみ上げてくる、痛々しいほどに「女」を感じる物語でした。

ひかりも、他者のまなざしもここまでは届かなかった。ただ赤裸の魂だけが久々にぶつかりあって、燃えた。その甘美なたまゆら、兎はただうつけたように無言のまま、いつになくはげしい相手の求めに身をまかせており、いまをあらためるようなことは何もしなかったのだ。
Author: ことり
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