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『受胎告知』 矢川 澄子

評価:
矢川 澄子
新潮社
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(2002-11)

父、母、愛、死をテーマに描く神秘と謎に満ちた没後初の作品集。
表題作ほか、いずれも主要舞台をイタリアにおいた三部作。

今月初旬に、夫とイタリアを旅してきました。
フィレンツェにあるウフィッツィ美術館を訪れたのは2度目のこと。ダ・ヴィンチやボッティチェリの『受胎告知』をみたばかりだったせいなのでしょうか・・・図書館ですいよせられるように手にした一冊。
『不思議の国のアリス』(ルイス・キャロル)や『雪のひとひら』(ポール・ギャリコ)、そして最近読んだ『小鳥たち』(アナイス・ニン)など、その訳では矢川澄子さんの文章にたびたびふれてきた私ですが、彼女が書かれた小説を読むのははじめてです。
すうっと私のなかに沁みてくる心地よい文章、なのに薄もやのなかを手さぐりで歩いているみたいな覚束ない感じ・・・。遠い遠い夢の果てに翔びたとうとしているような、ふらふら不安定な危うさは、まるで彼女自身の死を予感させるかのよう。

街角のこぢんまりとした骨董屋を舞台に、ひとつのチェス駒をめぐって語られていく少女時代の幻想を描いた『ファラダの首』、父子間の感情を、多くの画家たちに描かれてきた宗教画と言葉そのもののもつ意味にからませた『受胎告知』、父が亡くなり、鬱病の母をかかえながら心の拠り所をもとめていく『湧きいづるモノたち』の3編。愛の翳がさまようかそけき世界は、それぞれがいまにも崩れ落ちそうな繊細な糸でつむがれ、ルネッサンス発祥の国を舞台に神聖な空気を放ちます。
私にとって、とくべつな一冊になりました。

骸骨と肉はどっちが先かなんて迷っているのは、おそらくわたしだけなのだろう。
言うなれば具体化、受肉、化身などという語彙に、二千年来慣れ親しんできた人々だ。それに反してわたしは、ここまできていまだに母を捨てきれないで迷いつづけているのだ。(『湧きいづるモノたち』)
Author: ことり
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