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『小鳥たち』 アナイス・ニン、(訳)矢川 澄子

『小鳥たち』というタイトルとフランス映画みたいな表紙に惹かれて手にした本は、ある老人のために匿名で書かれたという、13話もの「エロティカ(官能小説)」。
死もまぢかいことを悟ったとき、作者本人がこれらのエロティカも自分の正式の作品として認めよう、そう決意したのだそうです。

文中にごろごろと横たわる、あからさまで正直な性的表現たち・・。
性描写の激しい本はひどく嫌悪してしまう私なのに、でも不思議と、かくべついやらしくは映らなかったのです。それよりもからだじゅうにほとばしる欲情の哀しさや得られなかったときのもどかしさ、そういうものたちが心にしのびよってきて、たまらなくいとおしい、そんな気持ちさえ抱いてしまったほど。
官能ばかりを前に押しだすのではなく、その向こう側には物語がちゃんとある・・・激しくうねる衝動が、感情のゆらめきのひとつひとつが、しずかに読み手に伝わってくるせいなのかもしれません。

とりわけ印象深かったのは、『砂丘の女』。
眠れぬ夜を彷徨う男は、砂丘でひとりの女に出逢う。砂地の上でゆっくりとことを終え、やがて女は男から目をそらし、パリで群集にもまれながら絞首刑を目撃したときのことを語りだす。それは人波におされ、熱と恐怖にうかされつつ人が死ぬところを見守っていた彼女が、真後ろの男に体をおしつけられ、絞首台から目をそらせないままに達してしまったそんな経験・・・。
死と生命。恐怖とよろこび。目の前の残酷な光景と、気の遠くなりそうな秘めやかな恍惚。相容れないものの対比が鮮やかで、ついさっき男と砂地でまじわっていた場面よりもよほどドキドキしながら読んでしまった私でした。

絶望的な貧しさのなかで書かれたエロティカ。想像力を最高に刺戟するのはほかならぬ‘飢え’だった、というまえがきでの作者の言葉。飢えれば飢えるほど欲望は高まり、目の前の光景が残酷であればあるほど恍惚はきらめきを増す・・・。
人間の脆さとか苦悶、それは私たちに突きつける容赦ないけど甘美なもの。

(原題『Little Birds』)
Author: ことり
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