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『ある家族の会話』 ナタリア・ギンズブルグ、(訳)須賀 敦子

イタリアを代表する女流作家の自伝的小説。舞台は北イタリア、迫りくるファシズムの嵐にほんろうされる心優しくも知的で自由な雰囲気にあふれた家族の姿が、末娘の素直な目を通してみずみずしく描かれる。
イタリア現代史の最も悲惨で最も魅力的な一時期を乗りこえて生きてきたある家族の物語。

大好きな小説になりました。
読みながら、笑いたいような泣きたいような気持ちがじんじんと胸にあふれて。
「「家族」というのは小説の題材として、複雑怪奇な森のように魅力的」だと言ったのは江國香織さんですが、このお話はある時代のイタリアを生きたあるひとつの家族の姿がまるのまま、ほんとうに魅力的に描かれています。
おなじ空気と時間をまとい、ひとつひとつ閉じられて・・・家族にはその人たちのあいだだけで通じることばや思い出があるものだけど、これはそんなことばたち、思い出たちの物語なのです。
私たちは五人兄弟である。いまはそれぞれが離れたところに住んでいる。(中略)けれど、あることばをひとつ、それだけ言えばすべて事足りる。ことばひとつ、言いまわしのひとつで充分なのである。(中略)
どこかの洞窟の漆黒の闇の中であろうと、何百万の群集の波の中だろうと、これらのことばや言いまわしのひとつさえあれば、われわれ兄弟はたちまちにして相手がだれだか見破れるはずである。

時代背景がきびしいので、心愉しいことばかりではもちろんなく、悲しいこともたくさん起こります。
とくに後半は侵略だとか亡命、逮捕など不穏なこと続き。なのにからりと乾いた明るい感じが文中から伝わってきて、そのなんとも言えない陽気さがとても好きでした。ささやかな家族にたいするナタリアさんの愛にみちたまなざしも。
カタブツでかなり面倒なお父さんがつくり出す決まりやことば・・・ほんとおかしくて笑っちゃいます。現実に彼のような人が父親だったならかなり大迷惑なくせに、小説の登場人物としてはすばらしいわ・・・そんなことを思う身勝手な私。でもそれって小説として最高だ、ということなのかもしれませんよね。
たとえ時代の荒波のなかにあっても、そんな父親にふりまわされ、時にはおかまいなしに彼の逆鱗にふれることをしでかす母親や兄弟たち。奇妙でステキな愛すべき家族の図――まとっている空気――は頼もしいくらい変わりません。彼らの姿が頭のなかで映像となり、いきいきと駆けまわる・・・物語を読む愉しさを心から感じられた本です。

(原題『Lessico famigliare』)
Author: ことり
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