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『夜を着る』 井上 荒野

評価:
井上 荒野
文藝春秋
¥ 1,260
(2008-02)

井上荒野さんの最新短編集。こちらは‘小さな旅’がテーマ。
『アナーキー』、『映画的な子供』、『ヒッチハイク』、『終電は一時七分』、『I島の思い出』、『夜を着る』、『三日前の死』、『よそのひとの夏』――不穏な緊張感を静かにたたえた8編を収録しています。

彼女の文章を読むといつも、‘あえて語られないぶぶん’に惹かれてしまう私です。
ぽっかりと空けられたすきまから立ち上る危うい空気。それがひっそりと透明な物語をどんどん不穏な色に染めていって・・・なんだか胸がドキドキとしてくるのです。
たとえば『映画的な子供』で主人公がスカートのすそのほつれを見知らぬ男に指摘される場面。大きく揺らいだ少女の心と、ほんのりただよう艶かしさ――そんな小さな一場面でさえも。
この本で一ばん好きだったお話は、『ヒッチハイク』。

『ヒッチハイク』
母の葬儀の帰り道、クマキと名のるヒッチハイク青年を乗せた治子夫妻。しばらくして、クマキからお礼の葉書が届く。
ある日、母の味を真似た秋刀魚のつみれに眉をひそめた夫に腹をたて、「昨日クマキ君とセックスする夢を見たの」と告げた治子は、なりゆきでクマキに会いに一人伊豆へ向かうことに・・・。

母の死後直面するさまざまな‘終わり’にたいする喪失感、そんななかで放たれた夫のなにげないひと言、クマキとの淫夢・・・治子をあらぬ方向へと衝き動かしていく複雑な感情の蓄積、その描かれ方がすばらしかった。
じりじりとかたちを変えてゆく、満たされなさ。捉えどころのなさ。文章のすきまに蠢くなまなましい気持ちのゆれに、思わずため息がこぼれてしまいました。
Author: ことり
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