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『津軽』 太宰 治

評価:
太宰 治
岩波書店
¥ 525
(2004-08-19)

「あれ・・?太宰さんってこんなに明るい人だった?」
ちょっと意外に思ってしまった私です。これまで読んできた彼の本にいつも巣くっていた‘死’の誘惑から解き放たれている感じ。
ふるさとを巡る紀行文として書かれたこの本は、その随所に津軽に関する史料文をはさみつつ、かつての友人たちとともにお酒をのみのみ津軽地方を旅していく様子が描かれます。それはかなりの珍道中!見ていてとても楽しそうで、思わずくすくす笑ってしまったのです。

ささやかなエピソードなのですが、旅のとちゅう、太宰さんが汽車の窓越しに眺めるこんな場面に目がとまりました。
窓から首を出してその小さい駅を見ると、いましも久留米絣の着物に同じ布地のモンペをはいた若い娘さんが、大きい風呂敷包みを二つ両手にさげて切符を口に咥えたまま改札口に走って来て、眼を軽くつぶって改札の美少年の駅員に顔をそっと差し出し、美少年も心得て、その真白い歯列の間にはさまれてある赤い切符に、まるで熟練の歯科医が前歯を抜くような手つきで、器用にぱちんと鋏を入れた。少女も美少年も、ちっとも笑わぬ。当り前の事のように平然としている。
ほんの小さな一場面。けれど映画のワンシーンみたいに脳裡に広がる、まぶしくてほほえましい光景が好き。

郷里の風土や歴史、自らにも流れる津軽人気質に驚嘆、慨嘆、感嘆の旅・・・やがてその旅の真の目的が、遠いむかしに子守をしてもらった母親のような女性・たけをさがすことにあったことが明らかにされていきます。
30年ぶりに出会ったふたり。ぎこちなくて、会話は少ないけれども心を通わせるおだやかで平和な体験・・・そうして気づく、自分のルーツ。長い年月をかけてひもとかれていく過去の姿に、なんだか切ない感情が私の心をあふれさせます。
巻末の解説には、この紀行文は母親さがしのぶぶんで事実とことなる点があり、太宰さんが小説として昇華させたのでは、というようなことが書かれていました。でもそれって、この本の素晴らしさには関係がない気がします。太宰さんが書かれたこと、それがすべてなの・・私には。最後の一文が、すばらしく恰好いいです。

私は虚飾を行わなかった。読者をだましはしなかった。さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では、失敬。
Author: ことり
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