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『めぐらし屋』 堀江 敏幸

評価:
堀江 敏幸
毎日新聞社
¥ 1,470
(2007-04)
就職してから、あっというまに20年が過ぎてしまった蕗子(ふきこ)さん。
虚弱体質で、ほわんとした雰囲気の蕗子さんの日常がやわらかく、どこか懐かしい風情で紡がれていく。
父は、近しい感じはするのに距離をなかなか詰めてくれなかった。彼女の知らない時間を生き、知らない空間を歩いていた。そんな父が遺した一冊のノートをきっかけに蕗子さんがたぐりよせる少女時代の記憶、過去、そして新しい出会い。
小学校の黄色い置き傘や、未完の百科事典。豆大福やロイヤルミルクティーやハイライト・・・さまざまなものたちが、古い記憶と未知の過去をつれて静かによみがえるやさしい物語。

夕暮れ時に熱いお茶をのんで、ほっと心安らぐようなそんな読後感。
ちょっぴりセンチメンタルで、けれど空気の澄んだ懐かしい場所。
蕗子さんは「めぐらし屋」の謎を通して、離れて暮らしていた父の意外な一面をみつけていきます。ながいあいだのひとり暮らしのせいか「最近はなにかあたらしいことを見出そうとする努力を怠って」いるという蕗子さんが、亡き父に導かれるようにして少しずつ変わっていく・・・その様子が淡々と味わい深い文章で描かれていて、しんみりしたり、くすっと笑ったり、そして私の心はいつのまにかふかふかになっていました。

それにしても、堀江さんという人はどうしてこれほど、とるにたらないことをぴしゃりと言い当ててしまうのかしら。
たとえば蕗子さんが、いまは誰も住んでいない亡父の部屋を訪れたときの一場面。
気持ちを落ち着けるためにインスタントコーヒーでも飲もうとお湯を沸かしたとき、蛇口から水が出てくるまで何拍かの間があって、たったそれだけのことがなんだか妙にこたえた。旅行や出張で何日か家を空け、誰もいない部屋に帰ってきたときの感覚である。つっかかるようなその水音は、慣れ親しんだ日々に戻ってきたというより、ひとつの不在をはっきりと伝える合図のように響いた。
こんな繊細な情景描写が、お話のなかにいくつもいくつも転がっているのです。
Author: ことり
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