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『トリップ』 角田 光代

評価:
角田 光代
光文社
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(2004-02-20)

東京近郊の小さな町。都心まで2時間強。さびれた駅前ロータリー。
ごくごくありふれた‘しょぼい’町にある、不思議とにぎわう商店街――精肉店・豆腐屋・酒屋・古本屋・喫茶店・花屋・不動産屋など――を舞台に描かれた、しょぼい人たちのしょぼい生活風景。

『空の底』、『トリップ』、『橋の向こうの墓地』、『ビジョン』、『きみの名は』、『百合と探偵』、『秋のひまわり』、『カシミール工場』、『牛肉逃避行』、『サイガイホテル』。
おさめられたお話たちは、すべて少しずつ(お店だったり人物だったり)リンクしていて、一冊でひとつの町をつくりあげています。前のお話で一瞬だけ登場した人が次のお話の語り手となる・・・そんなリレーみたいな小説集。
架空の町なのに、読み終える頃には「あのお店にはどんな人が居て、あのおうちには誰それが住んでいてこんなことを考えている」・・・なんてことをソラで言えてしまえるほど身近なものになっていて、まるで私までもがこの町で暮らしていたかのような錯覚にとらわれました。
それぞれが地味な展開で、魅力的な人物もこれといって登場しないし、大きな事件が起こったり、大騒ぎしたりとかもない。すべてが淡々と流れ、誰もかれもどこか諦めたようなところがあって、必死さだったり、執着したりということも感じられない。そのくせ、みんな内心では現実逃避を夢みている――。
言ってしまえば、負の人間たちによる怠惰なストーリー。
だけど一話一話少しずつ心に留まる何かがあり、それが10話分ストックされると結構ずしりと重たいものに感じられます。たたんだばかりの傘の先から流れ落ちた雨水が、ジュワ〜〜っと地面に広がっていくように。少しずつ、でも確実に。
それはきっと登場人物たちが、先々の不安や、彼らにとってはちっとも魅力的ではない日常に押しつぶされそうになって弱音を吐きつつも、結局はそれなりに折りあいをつけ、‘あした’をみつめる姿が見てとれるからなのかも。
何一つ選べずにここにきたのではなく、選んできたのだと、それがよいものでもそうでないものでもそれを選んできたのだと、いつか言えるときがくるんだろうかと突然あたしは思う。おたがいの瞳の向こうに広がるどこまでも無に近い空洞から目をそむけずに、闇両替みたいな、たよりない言葉の交換を続けながら、いつか。(『トリップ』)

「しょぼいものがどうしようもなく好き」
角田光代さんがなにかの雑誌で語られていた一文です。
この本を読んでいると、彼女のそんな気持ちがひとつひとつの物語から愛情としてにじみ出ているようにも感じられ、‘しょぼい’ということが何か、とてもステキで特別なことのように思えてくるのです。
Author: ことり
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