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『対岸の彼女』 角田 光代

評価:
角田 光代
文藝春秋
¥ 1,680
(2004-11-09)

娘のあかりをつれ‘公園ジプシー’と化していた専業主婦・田村小夜子は、おない年の女性起業家・楢橋葵の会社「プラチナ・プラネット」で働くことになる。
いっぽう、中学時代いじめられていた楢橋葵は、群馬の女子高で今度はいじめを受けないようにとただ人にあわせる日々が続く。おなじクラスには野口魚子(ナナコ)という不思議な少女がいた。でも、ナナコには葵の想像とはことなる闇があって・・・。

あまりにもネガティヴで、あまりにも地味な醜悪さに、苛立ちと嫌悪感がつのります。
せまい世界で暗黙のうちにできあがる社会、ルール、ヒエラルキー・・・そんな女性特有の陰湿さを、つつみ隠さずまっすぐに突きつけてくる感じ。
人とかかわることで必然的に生まれ、拡大していく日常生活のきしみ。ひび割れて粉々になっていく心をどうすることもできないもどかしさ。ここではない‘どこか’に、どこまで行ってもたどりつけない底なしの絶望・・・。発端はくだらない優越感や幼稚なうわさ話だったりするのだけれど、ささいなことが凶器となる日常が、なまなましく、まざまざと描かれていくのです。

読み始めてすぐに違和感を感じたことがあるのですが、それは高校生のころの鬱々とした葵と、成長し「プラチナ・プラネット」の社長となった快活な葵とが、どうしてもうまく結びつかなかったこと。どちらかといえば現在の葵には、ナナコに通じるものを感じます。
「あたし、大切じゃないものって本当にどうでもいいの。本当に大切なものは一個か二個で、あとはどうでもよくって、こわくもないし、つらくもないの」というナナコの思いが、「ひとりでいるのがこわくなるようなたくさんの友達よりも、ひとりでいてもこわくないと思わせてくれる何かと出会うことのほうが、うんと大事な気が、今になってするんだよね」という現在の葵の言葉につながっているように思えたのです。
この物語はたしかに子持ちの主婦・小夜子と独身の女社長・葵の対比を描いてはいるけれど、それだけの単純な対比ではけっしてなくて。小夜子はかつての葵で、今の葵はかつてのナナコ。そして小夜子もいま新しい一歩を踏みだそうとしている――そこに私たちは‘対岸’をめざす勇気を見出し、だからこそ現在と並行させて描かれた過去のぶぶんが生きてくるのかな・・・そんなふうに感じた私でした。

真の友情、年齢を重ねることの意味を問いかけつつ、単純なようで底知れぬ奥深さ。
‘彼女’が立っている対岸は、けっして手の届かない場所じゃない――
あれほどいやなものを見せつけられたのに、読後感は晴れやか。おもわず膝をうった一冊です。
Author: ことり
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