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『犬が星見た―ロシア旅行』 武田 百合子

生涯最後の旅と予感している夫・武田泰淳とその友人、竹内好とのロシア旅行。星に驚く犬のような心と天真爛漫な目を以て、旅中の出来事、風物、そして二人の文学者の旅の肖像を、克明に、伸びやかに綴った紀行。読売文学賞受賞作。

なんてまっすぐなんだろう。
恥ずかしがらず、飾りたてるすべを知らない真正直な言葉たち。
ロシア女の便所の話も、大量のげろの話も、ここでは美しい宮殿や彫像や噴水と同列に記されます。彼女が見たまま聴いたままのことだから。百合子さんは開けっぴろげで純粋で、それからとても繊細な――刹那的な人。
「百合子。面白いか? 嬉しいか?」
「面白くも嬉しくもまだない。だんだん嬉しくなると思う」
昭和44年。旅の始まりの夫妻のみずみずしい会話が呼び水となるように、40年来の友人・竹内さんや、「ロッシャはたいした国や。」が口ぐせの銭高老人(大阪の土建会社の会長さん)を交えすすんでゆく異国道中。事細かに綴られる、もの珍しい食事のメニュー(とその値段)、煙草、ぶどう酒・・・話し声や外国語のざわめき、香りまでこちらに届いてきそう。
ある時ふと大きな忘れもの――東京に置いてきた「時間」――に気づき、「旅をしている間は死んでいるみたいだ。死んだふりをしているみたいだ。」と書く百合子さん。こんなふうにふと心に切り込んでくる描写がたくさん転がっています。

六月二十二日 トビリシ
いい天気。泣きたいばかりのいい天気。
存分に泣け、と天の方から声がすれば、私は眼の下に唾をつけ、ひッと嘘泣きするだろう。

チボリでは、いくつもの睡蓮の花のかたちをした噴水に、アメリカ人らしい旅行者の一団がやってきたのを夫と見ながら・・・、
「旅行者って、すぐわかるね。さびしそうに見えるね」
「当り前さ。生活がないんだから」
わらわらと散らばって逍遥している旅行者たちは、水をへだてた向う側の時間のない世界で漂っているように見える。私たちもあんな風に見えるのだろうか。

旅の終わり、ポルノ雑誌を置いて帰ると言う竹内さんとの賑やかなひと悶着があったあと、夫婦の部屋の窓越しに見る光景が淋しく胸にしみました。「いま見えていることは、年とってからも覚えていそうな気がする。」――白い犬とにわとりと人が一人、佇む姿は、本をとじたいま、百合子さんとご主人と竹内さんにかさなり合うように私のなかにのこっています。そして、あとがき。なんて見事なあとがき・・・心が止まってしまう。ほんのみじかいあとがき。でも泣けて泣けて、しょうがない。
私だけ、いつ、どこで途中下車したのだろう。
目を瞑れば、百合子さんが愛しい皆の乗ったあのロシア帰りの‘宇宙船’に合流したようすがうかんできます。楽しげに酒盛りしているところを想像しては、ほろり泣き笑いの私です。
Author: ことり
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