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『彼女たちの場合は』 江國 香織

評価:
江國 香織
集英社
¥ 1,980
(2019-05-02)

「これは家出ではないので心配しないでね」
14歳と17歳。ニューヨークの郊外に住むいとこ同士の礼那と逸佳は、ある秋の日、二人きりで“アメリカを見る”旅に出た。
美しい風景と愛すべき人々、そして「あの日の自分」に出逢える、江國香織二年ぶりの長編小説。

読書はそもそも旅に似ているけれど、この物語は旅そのものでした。
ぱたん、――本を閉じたとき、2人の「ただいま」と彼女たちがトランクを閉じる乾いた音が聴こえた気がした。

夜の鉄道、慣れないヒッチハイク、その土地土地の食べものの味。
いきあたりばったりの道行き。見知らぬ町の喧噪と空の青さ。
旅先で出会ったすべての人たち――愛すべき人も、そうでない人も。
思春期のたいくつな日常から離れ切りとられた時間のなかで、その時に見た風景、抱いた感情はそれはもう特別で、もちろん個人的なものだ。それらをその空間ごと共有するれーな(礼那)といつか(逸佳)。

無駄な約束だったね――
鈴をころがすような、れーなの声がする。
「たとえばこの朝がどんなにすばらしいかっていうことはさ、いまここにいない誰かにあとから話しても、絶対わかってもらえないと思わない?」

薔薇の咲きそめた実家のイングリッシュ・ガーデンの、新緑のベンチで私はこの本を読みました。
雨あがりの土の匂い、柔らかな木漏れ日、ちいさな噴水からこぼれる水音・・・。白い頁をひらりとかすめる蝶ちょの翳、母屋から風にのってくる娘の笑い声、日ごと咲き誇る花々の甘い香り・・・。
この先なんど読み返しても、花園にこもって読んだあの旅の空気感は一度きり、もう戻らない。‘物語’に出逢う前と後。記憶のなかにとどまる閉じられた風景。れーなといつかがまたおなじ町を訪れても、おなじ体験は二度とできないように。

平成から令和へ。旅の列車にひととき乗り合わせたようなそんな心持ちで、少女たちの寄る辺ない――けれど未来の彼女たちを丈夫にしたに違いない――アメリカ横断を見守っていたうつろいの数日間。
このあとにつづくいつかの7年に思いを馳せる。れーなはうさぎのぬいぐるみを見るたびにこの旅を思い出し、いつかの声を聞きたくなることでしょう。
そして私はこの本を手にとるたび、きらめく初夏のガーデンを思い、令和の幕開けの瞬間を思うの。光のつまったトランクのふたを開けて。
Author: ことり
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