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『フランス組曲』 イレーヌ・ネミロフスキー、(訳)野崎 歓、平岡 敦

評価:
イレーヌ ネミロフスキー
白水社
¥ 3,780
(2012-10-25)

20世紀が遺した最大の奇跡。アウシュヴィッツに散った作家のトランクに眠っていた、美しき旋律――
1940年初夏、ドイツ軍の進撃を控えて南へと避難するパリの人々。占領下、征服者たちとの緊迫した日々を送る田舎町の住人たち。それぞれの極限状態で露わとなる市井の人々の性(さが)を、透徹した筆で描いた傑作長篇。'04年ルノードー賞受賞。

物語の波に足をとられ、感情という感情が胸を突き上げるすばらしい読みごたえ。
さらに巻末の『資料』をひもとき、この小説が書かれた背景、発表された経緯を知ることで、ますます心がうち震えた私でした。この奇跡的な物語の外側から、もうひとつの奇跡が生々しく伝わってくるのです。

第一章『六月の嵐』は、ドイツ軍から我先に逃れようとする、パリ市民たちの「大脱出(エクソダス)」を語ってゆきます。裕福なブルジョワ一家、名の知れた作家と愛人、銀行幹部、その銀行の会計係夫婦・・・いくつもの章立てで予想外のできごとをつぎつぎに紡いでゆく、オムニバス映画のような群像劇。
第二章『ドルチェ』は、第一章で描かれたミショー夫妻がひととき身をよせた田舎町ビュシーが舞台。ドイツ軍将校たちがフランス人家族の家に住みつく占領下の生活のなかで、るすを守る女性と魅惑的なドイツ兵の危うい交流が描かれてゆきます。

時に指先でやさしくつまびくように、時に重苦しく不協和音を轟かせるように、うねりながら連なる壮大な「組曲」。
繊細な季節のうつろい、グロテスクな殺人、猫のひそやかな息遣い・・・シーンごとにさまざまな表情をみせる旋律のなかに人びとの獣めいた本性があぶり出されます。恐怖も絶望も悪意も・・・、内に秘めた憎しみや、恋心さえも。
だれもが知るように、人間とは複雑な存在だ。いくつにも分裂していて、ときには思いがけないものが潜んでいる。(中略)嵐のなかで人間を観察した者だけが、人間の何たるかを知りえるのだ。その人だけに、己の何たるかがわかる。

ネミロフスキーさんの頭のなかには全五章の構想があったそうです。けれど彼女は第二章を完結させたあと、強制収容所でその生涯を終えています。
私たちが永遠に知ることのできない‘物語のつづき’・・・。
生まれることなく亡霊となった物語たちは、どこをさまよっているの・・・?
そんなことを思いながら虚空をみつめていると、忍びよる死の予感のなかにいてさえ冷静なまなざしで‘人間’を描きつづけた彼女の意志や誇り、無念さがうかび上がってくるようでした。
はかなく散った、嵐のような物語の残響のむこうに。

(原題『Suite française』)
Author: ことり
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