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『埴輪の馬』 小沼 丹

日本文学には数少ない、ヒューモアに富んだ私小説集。
滑稽というより、生活の事実を淡々と書きながら、思わず笑ってしまうといった味わいで、文学の師である井伏鱒二や友人たちとの交友を描く。表題作「埴輪の馬」では、埴輪様式の土器の馬を購入のため、師井伏鱒二や友人と出かける。地方都市の駅には先方のお迎えの車が、それも消防自動車が来ていて、それに乗車することの困惑。他十篇収録。

なにげない風景のやさしいかけらや、師や友人たちとの和やかな空気。
小沼さんの私小説を読んでいると心がみるみる柔らかくなっていくのが分かります。
たとえば、「その日、小鳥のために池の氷を割ってやるのを忘れたのに気が附いた。」という一文。なんてさりげなくて愛おしい文章でしょう。
文鳥の「すっちょちょい」という啼き声や、「――くしん。」という焚火をしている爺さんのくしゃみ・・・、そんなちょっとした擬音語さえ、心優しいお話をまろやかにつつんでいるのが心地よいのです。

小沼丹さんがこうした私小説を書かれたのは、母親、妻、父親と立てつづけに肉親を亡くされたあとだそうです。そのせいか、どのお話も追憶に彩られ、ほのぼのとしたユーモアといまはなき時間を想う淋しさが混在しています。
――淋しいのに、柔らかい。
彼の私小説にあるにじむような深い味わいは、身近な人やものたちとの、けれどもう手のとどかない遠い記憶から立ちのぼってくるようです。
Author: ことり
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