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『マリアの空想旅行』 森 茉莉

“私は今度、古都について書くことになった”と始まる第一章「ひともする古都巡礼を」は単なる古都めぐりではない。旅行嫌いの茉莉は写真を見て、思考のおもむくままに、時には脱線し、飛躍しつつ、心に宿る情緒の源としての日本の古都を綴る。第二章では、パリに関することへの思いを、まるで恋人を見るかのような情熱的な眼差しで語る。
日本と西洋、この両者に対する感情の流れに茉莉の二様の魅力が味わえるアンソロジー。

しっとりとした翳りと、どこかのんきな明るさがまざり合った自由なエッセイ。
連想が連想をよび、話が横道にそれてしまうのはいつものことだけど、この本ではたびたび大脱線をしでかして、彼女自身「一体なにを書いているのかわからなくなって来た」なんて言いだす始末。気の向くままにあちこちに思いがとんで‘いま書きたいと思ったもの’をしたためていく・・・そんなマリアさんの文章がおもしろいです。

叱り言は母にまかせ、ほめそやすだけの父。腹違いの兄とその兄をかばう祖母・・・複雑な家庭の空気のなかで、幼い頃からぼんやりとした眼をじっと見開き、そのいちいちを記憶にとどめてきたマリアさん。
七五三のときに父にえらんでもらった友禅縮緬の着物や帯、幼少期に伯林から大きな箱でとどいた外套や帽子がどんな柄でどんな色合いだったかを綿々と語る様子などは、まるで目の前で一まい一まい拡げて見せてもらっているみたいです。彼女が昔のことをこんなに事細かに、鮮やかに憶えていられるのはなぜなんでしょう。
京都について語るときも、大好きな巴里について語るときも、彼女の思いはいつも過去に向けられています。父のすう葉巻の香い、熱を上げたピイタア・オトゥウル、薔薇や菫の砂糖菓子、雪の降り積もる音のない音――淡く遠くかすむ愛おしい日々に。それは心愉しくもあり、少しせつなくもあるのです。

私の記憶の、細い、長い、道の向うに、
――その道には愛情の、緑の葉飾りや、匂いのいい花々が、被さっているところがあったり、恐ろしい青い鬼が襲いかかったところや、誤解と疑惑のたくさんの人の目がとり囲んでいるところもある――
遠く、二体の雛が、灯のように光っていたのである。それは父の愛であった。(『古都と私との繋がり』)
Author: ことり
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