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『密会』 ウィリアム・トレヴァー、(訳)中野 恵津子

早朝のオフィスで、カフェの定席で、離婚した彼女の部屋で、寸暇の密会を重ねる中年男女の愛の逡巡・・・表題作。孤独な未亡人と、文学作品を通じて心を通わせた図書館員。ある日法外な財産を彼女が自分に遺したことを知って・・・「グレイリスの遺産」。過って母親の浮気相手を殺してしまった幼い自分のために、全てを捨てて親娘三人の放浪生活を選んだ両親との日々・・・「孤独」。アイルランドとイギリスを舞台に、執着し、苦悩し、諦め、立て直していく男たち女たち。
現役の英語圏最高の短篇作家と称される、W.トレヴァーが、静かなまなざしで人生の苦さ、深みを描いた12篇。

霧雨にけむる、グレイッシュな海を思わせる短篇集。
不倫を肯定するつもりはないけれど、その象徴となるような苦くて、もどかしくて、不穏な心もようと、そんななかにふと感じてしまうささやかな安らぎが切りとられているのがとてもよかったです。
登場人物たちに甘い感傷をもってよりそうのではなく、冷静な傍観者として、人びとの心の奥に秘められた厄介な感情たちをそっと差し出すような描かれ方も。

鈍色の、少しくすみを帯びたお話ばかりですが、ラスト数行がどれもすばらしく、それはまるでかなしげな果実のように胸にせまりました。
疲弊した心を解き放つもの、美しい残像がのこるもの・・・深い波間からふわりとうねり、こみ上げてくるラスト数行。しっとりと成熟した、おとなのための短篇集です。

今日、愛は何も壊されなかった。彼らは愛を抱きつつ、離れてゆき、お互いから立ち去った。未来は、今二人が思っているほど暗いものではないことを気づかずに。未来にはまだ、彼らのその繊細な寡黙さがあり、そしてまだ、しばらくのあいだ愛し合ったときの彼ら自身がいるだろう。(『密会』)

(原題『A BIT ON THE SIDE』)
Author: ことり
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