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『時のかけらたち』 須賀 敦子

評価:
須賀 敦子
青土社
¥ 1,728
(1998-06)

靴底を通してのぼってくる、あの舗石の感触は、私に生きることの力を教えてくれる――。
遠い石造りの街で出会った人々の思い出に寄り添いながら、ヨーロッパ精神の真髄を描く、著者、最後のエッセイ。

須賀敦子さんの心に眠る、かけがえのない異国の記憶。
荘厳なパンテオンのぽっかりとまるい天窓、おもちゃ箱を歩いているような気分にとらわれるヴェネツィアの小径、優雅に流れ落ちる滝を思わせる石造りのスカリナータ、雨に濡れると生きもののように黒く底光りするローマやナポリの舗石・・・
おもに美しい建造物――あるいは絵画、あるいは詩――へのとめどない思いをたんねんに書き留めた知性あふれるエッセイ集です。
美しい円形の「穴」――開口部――が天に向って開いていた。私は、自分がその穹窿をかたちづくっている石の一部になりはてたように、ぼんやりと立っていた。朝の太陽の光線が、そのまるい「穴」から色大理石の床に降りそそいで、いびつな円形の光の池をつくっていた。(中略)
やがて私をイタリアにとどまらせ、この国で長い時間をすごすようになったことと、パンテオンのあいだになんらかの因果関係があるとすれば、あの天井に開けられた、まるい穴を見たことが介在するのを否定できないように私は思う。(『リヴィアの夢―パンテオン』)
日本に帰って数十年、かつて住んでいたヨーロッパの町を再訪し、「まるで古ぼけたテーブルクロスを、ひと針、ひと針、大事に糸でつくろってゆく老婆みたいに」つぎつぎに訪ね歩く彼女。甘やかでなつかしい光景と、知人や友人の消息がすっかり途絶えてしまった町・・・。
記憶のなかの美しい日々がよみがえり、白い頁の上につむがれてゆくさまを、しずかな音楽を聴くようにたどってゆきました。
 
ぐっすりとねむったまま生きたい
人生のやさしい騒音にかこまれて。
Io vorrei vivere addormentaro
entro il dolce rumore della vita.
最終章で紹介されているサンドロ・ペンナの残した抒情詩は、まるで須賀さんの思いそのもののような気がします。
あまりにも多く流れた時間のひとかけら、ひとかけらを大切に慈しむように。
Author: ことり
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