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『最果てアーケード』 小川 洋子

評価:
小川 洋子
講談社
¥ 1,620
(2012-06-20)

「そこは世界で一番小さなアーケードだった。」
入り口は目立たず、通路はせまくてうす暗く、町の片すみにひっそりとあるアーケード。まるでなにかの拍子にできた世界の窪み、とでもいうように。

レース屋、義眼屋、ドーナツ屋、紙店、ドアノブ専門店、勲章店・・・
お店の棚にならぶのはレースの端切れや使用済みの絵葉書など、古びて見向きもされないような品々ばかり。それでも、店主たちはしずかにお客さんを待ちます。それを必要としている人がきちんといて、すいよせられるようにやってくるから。
自分のあつかう商品に深い愛情と誇りをもつ店主たち。彼らは、死者より長生きした物たちの行く末を見守るような、そんな人たちばかりなのです。

物語は、この小さなアーケードで生まれ育った「私」を語り手にすすみます。
「私」は父も母もなくし、いまはこのアーケードの「配達係」として働いています。お店を訪れる風変わりなお客さんや、読書休憩室でのRちゃんの思い出、配達先でのあれこれが、しずかにしずかに語られてゆきます。
とりわけ、『ノブさん』の章が心にのこりました。義眼屋さんが眼を入れた、信じられないくらい細い脚をしたジャワマメジカの小さな剥製を配達した「私」は、その帰り、重心がずれてしまったような奇妙な落ち着かなさをおぼえ、ドアノブ専門店の壁の小さな空洞を訪れるのです。
そこで思い起こす、父の海外みやげの薄紫色の石鹸の面影。精巧な花びらが彫られ、秘密めいた気配にみちた優美なひとつの石鹸。つつみ込んだだけで、幼い掌をいつまでもいい匂いにしてくれた石鹸・・・。
この石鹸のかなしい記憶と、父までもうしなうのではないかという不吉な予感が、いまも残り香のように心に染みついて離れないお話です。

朽ちてゆくものの一つ一つに視線をそそぎ、‘死の隣り’で妖しく美しくつむぎ出される物語たち。端切れも、遺髪も、剥製も――小川さんの物語でははかなく脆い存在たちがひそやかに息を吹き返すようで、その感覚にいつも魅入られてしまいます。
Author: ことり
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