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『夜はやさし』 F.スコット・フィッツジェラルド、(訳)森 慎一郎

評価:
F.スコット フィッツジェラルド
ホーム社
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(2008-05)

美しい海岸が続くフレンチ・リヴィエラの、マルセイユとイタリア国境のほぼ中間あたりに、堂々たる外観の大きなバラ色のホテルがある。棕櫚(しゅろ)の木立がその赤くほてった正面にうやうやしく風を送り、目の前にはこぢんまりとまばゆいビーチが広がっている。

こんなふうに美しく幕をあける、美しくもいびつな小説。
第一巻は1925年、新人女優・ローズマリーがフレンチ・リヴィエラを訪れ、精神科医のディック・ダイヴァーとその妻ニコルに出逢うところからはじまります。バラ色のホテル、照りつける夏の日ざし、青く澄んだ浅瀬の海――たくさんの登場人物と美しいリヴィエラの描写。水遊びやパーティをしながらも、なにも起こらない南仏のリゾートにちょっぴり飽き飽きしているようなアメリカ人の姿が濃やかに描かれています。
17歳のローズマリーはこの海岸でディックに恋をするのです。
この海水浴は、自分の人生における一つの典型になるだろう、ローズマリーはふとそんなことを思った。海水浴という言葉を耳にするたびに頭に浮かんでくるような、そんな思い出になるだろう。
第二巻では時をさかのぼり、ディックとニコルの出逢いが描かれます。若く魅力的なディックと精神を病んだ美しい少女・ニコルが医師と患者の関係をこえ、恋に落ちるようす。そして現在、ディックがローズマリーの熱い想いを受け入れてしまうようす。ここでもたくさんの個性的な人たちが彼らをとりまき、エピソードをかさねます。
こみいった物語は第三巻に入ると音をたてて動き、ゆっくりと破滅へと向かい――・・・

ささやかな一瞬一瞬。本来はとどめおくことのできない一瞬一瞬が、歪んだものは歪んだまま、未熟なものは未熟なまま、ミルフィーユのように積みかさねられている小説だと思いました。
かつてたっぷりの情熱にみちていた男の人が、すこしずつその熱をうしなっていく。そういう失望感がアンニュイな甘さのなかにただよっていて・・・なんだか残酷なのにやさしい手触りを感じさせるのです。それは、‘時間’というものがもたらす諦めに似たやさしさのせい、なのでしょうか・・・。
なお、この自伝的要素のつよい(らしい)物語には「オリジナル版」と「改定版」が存在するそうです。私が今回読んだのはさいしょに書かれたオリジナル版で、改定版では第二巻の前半が冒頭に置かれ、時間軸どおりに物語が進んでいくとか。読み比べてみると印象ががらりと変わりそうです。

(原題『Tender is the Night』)
Author: ことり
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