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『レベッカ』(上・下) デュ・モーリア、(訳)大久保 康雄

夢のなかの月光にうかび上がるお屋敷・・・
精霊のようにふわりと入り込んだ荒れ果てたマンダレイ・・・
昨夜、わたしはまたマンダレイへ行った夢を見た。
これ以上ないほど神秘的な書き出しではじまる詩情ゆたかなゴシック・ロマン。ぞくぞくするような戦慄に、すばらしく魅了されてしまいました。

物語は、内気でまだ少女っぽさのただよう「わたし」の目線から語られます。
海の事故で妻を亡くした大富豪のマキシム・デ・ウィンターに見初められた「わたし」は、彼と結婚しマンダレイに移り住むことに。けれどマンダレイの大きなお屋敷には、先妻・レベッカの気配が重苦しくはびこっていたのです。
美しく聡明で教養があり、天使のようなほほえみでまわりの人びとに愛されたというレベッカ。彼女にいまだ心酔するデンヴァース夫人(家政婦)には敵意を向けられ、一糸乱れぬ規則正しい生活のなかで「わたし」はじわじわと追いつめられてゆきます。やがて、マキシムはいまでもレベッカを愛しているのだわ・・・そんな苦しい思いにかられていくのです。

「幸福の谷」のつつじの甘い香り、優美で脆弱な茶器や調度類、贅をつくした料理、仮装舞踏会の華やかな喧噪、白い小浜に打ちよせる波の音・・・
美しいマンダレイの情景とともに、物語ぜんたいが甘美な不安感につつまれています。色濃くつきまとう亡き人の影、きめ細やかに描写される劣等感や嫉妬心・・・それらがかもし出す、匂いたつような不安感に。
「わたし」の名前は最後まで明かされることはないのに、すでに死者となり姿をあらわすことのない「レベッカ」は強烈な存在感を放っている、というのもきっと読んでいて不安感を煽られる理由のひとつなのでしょう。レベッカの死にまつわる恐るべき真実を告げられたとき、「わたし」の心がようやく‘解放’され、無垢な少女がほんとうの女主人になる・・・そういうシーンがとても印象的。

レベッカは、もうわたしたちを苦しめることはできない。(中略)もう、これ以上、わたしたちに向っては、指一本ふれることもできないのだ。
でも、ほんとうにそうなのかしら・・・冒頭での静かで陰鬱な生活がよみがえります。
質素で小さなホテルに暮す現在の「わたしたち」は、たびたび暗い過去に引きずりこまれているのに。「わたし」は昨夜もまた、マンダレイの夢をみたのに。
何ものもそこなうことのできない、いついつまでも消滅することのない幻想に、こんなにもひっそりととり憑かれているのに――。

(原題『REBECCA』)
Author: ことり
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