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『香水―ある人殺しの物語』 パトリック・ジュースキント、(訳)池内 紀

18世紀のパリ。孤児のグルヌイユは生まれながらに図抜けた嗅覚を与えられていた。真の闇夜でさえ匂いで自在に歩める。異才はやがて香水調合師としてパリ中を陶然とさせる。さらなる芳香を求めた男は、ある日、処女の体臭に我を忘れる。この匂いをわがものに・・・欲望のほむらが燃えあがる。稀代の“匂いの魔術師”をめぐる大奇譚。

悪臭はなはだしき巷に生を受け、するどい嗅覚と無臭のからだをもったおぞましい男ジャン=バティスト・グルヌイユの一代記。
彼は6歳にして、嗅覚を通してまわりの世界を完全に了解します。空気の流れにとけ込んだ、人の体臭、花や香料や水の匂い、獣たちのフェロモンから、糞便や腐敗物の臭気にいたるまで・・・何万、何十万もの匂いの種類をかぎ分けるのです。
生まれてこのかた匂いという匂いをかぎとめて、すべてを記憶しひそやかな心の宝庫にしまってきたグルヌイユ。彼の楽しみは、一人その扉をあけ、匂いの記憶をひとつひとつ反芻し陶酔すること。
そんな彼が、甘美きわまるとびきりの匂いの虜となって――・・・

嗅覚こそがすべて。優しさや愛情を必要としなかった人生で、唯一の欲望である至高の匂いを求めるため、鮮やかに調合して築きあげた彼だけの香りの王国。体臭をもたないグルヌイユは、みずからの匂いをつくり出すこともできます。匂いで人をあやつることも。
グルヌイユは知っていた。人間は目なら閉じられる。壮大なもの、恐ろしいこと、美しいものを前にして、目蓋を閉じられる。耳だってふさげる。美しいメロディーや、耳ざわりな音に応じて、両耳を開け閉めできる。だが、匂いばかりは逃れられない。それというのも、匂いは呼吸の兄弟であるからだ。人はすべて臭気とともにやってくる。生きているかぎり、拒むことができない。匂いそのものが人の只中へと入っていく。胸に問いかけて即決で好悪を決める。嫌悪と欲情、愛と憎悪を即座に決めさせる。匂いを支配する者は、人の心を支配する。

ひらいた頁から、あらゆる芳香と悪臭が立ちのぼり、むせ返りそう・・・。
鼻先をかすめた懐かしい匂いにふっと昔の記憶がよび起される、そんな経験を思い出します。どんどん狂気じみ、不気味さを増してゆく物語に、私もグルヌイユとともにかぎりなく奥深い嗅覚の世界をさまよっていました。
孤独のうちに悪びれることもなくただ罪をかさね、跡形もなくかき消えた男の、崇高かつ耽美的な大奇譚。すばらしさに溺れてしまいました。絶品。

(原題『DAS PARFUM,DIE GESCHICHTE EINES MÖRDERS』)
Author: ことり
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