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『山梔』 野溝 七生子

山梔(くちなし)のような無垢な魂を持ち、明治時代の厳格な職業軍人の家に生まれ育った阿字子の多感な少女期を書く自伝的小説。
著者の野溝七生子は、明治30年生まれ、東洋大学在学中の大正13年、特異な育ちを描いた処女作の「山梔」で新聞懸賞小説に入選、島崎藤村らの好評を博す。歌人と同棲、後大学で文学を講じ、晩年はホテルに1人暮す。
孤高の芸術精神が時代に先駆した女性の幻の名篇の甦り。

お話ぜんたいにぴしぴしと充満する、危うい透明感。
一歩間違えればあちら側の世界に行ってしまいそう・・・、そんなぎりぎりのところに踏みとどまっている少女の心が息をのむほどの美しさで描かれている物語です。

女の子には知性や学問は必要ない、とされていた家父長制の時代。
阿字子(あじこ)といういっぷう変わった、でもとても愛おしくなる名前の少女が主人公です。幼い頃から本をこよなく愛し、ゆたかな内面世界をもつ阿字子。硝子のように感じやすく、聡明で誇り高い‘精神の王女’。
年頃になった阿字子は、けれどその知的優越ゆえに無理解な周囲の人たちと衝突をかさね、ぼろぼろに傷ついてしまいます。きゅうくつな世間体、父親の折檻・・・。露よりもはかない現実の脆さを知り、かたくなに結婚することを拒む阿字子の生きづらさが、せつないほどに胸にせまるのです。

只結婚ということばかりのほかは、自分は、人々の意志の求める儘に行動しよう。そのことが、最後に運命の指さしている魂の休み場なのではなかったか。運命に、抗(さから)うことなく、追いまわされることなく、黙って、俯向いて、運命のあとから、犬のように随いて行こう。
犬のように――。なんて哀しいことばでしょうか・・・。
無理やりこじ開けられた蕾のような痛ましさに、のどの奥が熱くなります。
Author: ことり
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