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『更紗の絵』 小沼 丹

敗戦後の復興の時代――。学園を再建しようと努力する義父のもとで、中学主事を引き受けた青年教師・吉野君。進駐軍と旧軍需工場との交渉役を押しつけられ、できの悪い生徒のいたずらや教師同士のもめごと、喰いつめた友人の泣きごとにも向きあいながら、吉野君は淡々として身を処していく。時代の混乱と復興の日々を、独特なユーモア漂うほのぼのとした温かい筆致で描いた青春学園ドラマ。

敗戦のなごりが色濃くのこる不自由で混乱した時代のお話なのに、こんなにも心穏やかに読めるのは、それが小沼さんによるものだから。
微笑ましく思ったり、むっとしたり、心配したり・・・ありふれた小さな心の動きが積み重なって紡がれていく、たわいもない日常。楽天的な吉野君の生活はほのぼのとまあるくて、些末なできごとはたくさんあるけれど、平らかで幸福な日々です。そして時おり、吉野君が細君や友人と交わすくすくす可笑しなやりとりの中に、ほんの少し前のうしなわれた時代――空襲で焼けてしまった家や亡くなってしまった人たちとの思い出など――が顔をのぞかせ、気持ちがしんとなるのです。

吉野君は普段はそんなことは考えない。しかし、誰か死んだと云うような場合、ひょっこりそんなことを考えることがある。すると、忘れていた「人生」なんて云う言葉が浮んで来る。そして、それらの人びとが吉野君のこれ迄の生活のなかで、さまざまの絵模様を形造っているのに気が附くのである。

朴訥とした語り口にやさしさがにじみ、そのやさしさに泣きたくなる。
いやおうなく流れていく人生の「絵模様」が、遠い哀しみをほんのり染める。
・・・ああ、私はこの人の書かれたものがほんとうに好きです。
Author: ことり
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