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『白桃―野呂邦暢短篇選』 野呂 邦暢

1980年に42歳で急逝した長崎・諫早の作家野呂邦暢。
文学への確かな意志が込められた揺るぎない文体、目に焼きつくような強靱な表現力は、いまなお読む者に鮮烈な印象を与えてやまない。
本書は野呂がもっともその資質を発揮した短篇の代表作「白桃」「鳥たちの河口」ほか、1945年8月9日に同級生のほとんどを失い、原爆をテーマに長篇を構想しながら叶わず逝った彼が、生前唯一発表した原爆を描いた作品「藁と火」(単行本未収録)など七篇をおさめる。

『白桃』、『歩哨』、『十一月』、『水晶』、『藁と火』、『鳥たちの河口』、『花火』。
雪のようなさりげなさで、しっとりと心に沁みいる短篇集でした。

一ばん好みだったお話は、『白桃』。
まず私は野呂さんのつむぎ出す詩情あふれる文章がとても好き。
たとえば、「小暗い電燈の照明をやわらかに反射して皿の上にひっそりとのっている。汁液が果肉の表面ににじみ出し、じわじわと微細な光の粒になって皿にしたたった。」と表現される、皮をむかれた蜜色の桃。
たとえば、「足がひとりでに軽くはずみ、二人はほとんど駆けるように家並を縫って急いだ。匂いはあるときは鼻をうつほど強く、あるときはその場にたたずんで息をつめなければ感じられないほど希薄になった。」と表現される、月の光のもとで匂いだけを頼りに木犀をさがす時の秘密めいた昂奮。
そうして物語が動き、少しずつつまびらかにされていくこの一家の闇のぶぶん・・・。
戦時中の貧しい兄弟、心のみずみずしさ――お話の流れてゆき方に胸がしんとなるのです。

どのお話も、読み終わったとき、たしかに残るものがありました。
詩のようになめらかな『十一月』、長崎の原爆について書かれた渾身の物語『藁と火』も、忘れがたいです。
Author: ことり
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