<< 『記憶の繪』 森 茉莉*prev
『野蛮な読書』 平松 洋子 >>*next
 

『ブエノスアイレス食堂』 カルロス・バルマセーダ、(訳)柳原 孝敦

故郷喪失者のイタリア人移民の苦難の歴史と、アルゼンチン軍事政権下の悲劇が交錯し、双子の料理人が残した『指南書』の驚嘆の運命、多彩な絶品料理、猟奇的事件を濃密に物語る。
「アルゼンチン・ノワール」の旗手による異色作。

「セサル・ロンブローソが人間の肉をはじめて口にしたのは、生後七ヶ月のころのことだった。」
こんな衝撃的な文章ではじまる、おぞましき暗黒小説。
はじめはおそるおそる頁をめくっていた私だったけれど、ゾクゾクするほどの面白さにいつしかのめり込んでいきました。

1911年、マル・デル・プラタの中心街にイタリア系移民のカリオストロ兄弟(双子)がひらいた「ブエノスアイレス食堂」。
そこは一階に完全無欠の厨房をもち、街路からはフランス窓と張り出しバルコニーが見える上品なたたずまいの美しい建物。スパイスのきいた肉汁、焦がしバターの芳しさ・・・兄弟のこしらえたすばらしい料理は、洗練された客たちの舌を満足させ、幸福に浸します。
けれど兄弟は相次いでこの世を去り、食堂はおじ一家であるシアンカリーニ家が受け継ぎ、兄弟の師であったマッシモ・ロンブローソを迎えて経営を再開。その後も不安定な情勢を切り拓き、伝説の味が生み出され・・・歴史の波に翻弄される移民の姿が、食堂の住人たちの入れ替わりのなかでみごとに描き出されてゆきます。
これは、そう、暗黒小説でありながら、一軒のビストロの年代記。
カリオストロ兄弟の才能は、直系の一族ばかりでなく天才料理人たちの血をも受け継ぎながら、やがて彼らの末裔セサル・ロンブローソのもとに結晶するのです・・・。

宝石のようにきらびやかな絶品料理の数々。戦火を生きのびてきた幻のレシピ。
ひと皿ひと皿、70年ものあいだ人びとを香り豊かに魅了しつづけたビストロの、料理をめぐる想像力の魔法に私もかかってしまったみたい。
後半はかなり猟奇的な展開で、不快でグロテスクな描写もあります。正直、吐きそうな気分にも・・・。でも、もう目をそらせないのです。
淡々と、ただ淡々とつむぎ出されていく「ブエノスアイレス食堂」の物語から。
セサル・ロンブローソが驚くべき方法で幕を下ろす、その瞬間まで。

(原題『Manual del caníbal』)
Author: ことり
海外ハ行(その他) | permalink | - | -
 
 

スポンサーサイト

Author: スポンサードリンク
- | permalink | - | -