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『薔薇の名前』(上・下) ウンベルト・エーコ、(訳)河島 英昭

評価:
ウンベルト エーコ
東京創元社
¥ 2,484
(1990-02)

「記号論学者エーコがその博学で肉づけした長編歴史ミステリー」・・・長年、憧れと畏怖の感情を抱きつづけてきたイタリア文学です。
難解なぶぶんも多く、そこかしこで怯んでしまったのもたしか。でもそれを差し引いても余りあるおもしろさでした。美しく精緻に織り上げられてゆく豊饒な物語の果てに、なんだか時の旅人にでもなった気分。

まず本をひらくと、一巻の書物『メルクのアドソン師の手記』を手に入れた、という物語の外側のお話があります。そうして手記の内容(本編)がはじまるカタチがとられています。
舞台は中世、北イタリアのカトリック修道院。その僧院にある迷宮構造をもつ文書館(ほんとうにめくるめくラビリンス!)で、謎めいた連続殺人事件が起こります。知識力と推理力にすぐれたウィリアム修道士は、見習い修道士のアドソ(この手記の語り手)とともに、事件の陰には一巻の書物の存在があることを探りあて――・・・
本のなかに本があり、そのまたなかに本がある――本の迷宮をめぐる物語は、その本じたいも迷宮のような多重構造をもって私たち読み手を翻弄するのです。
「一場の夢は一巻の書物なのだ、
そして書物の多くは夢にほかならない」

「暗号」「毒薬」「異端」・・・いくつものキーワードたちをからめながらひもとかれていく事件の真相。その過程に挿しこまれる膨大な議論や耽美的レトリック。
書物は書物について語る、書物どうしで語りあっている・・・そんな「書物」、あるいは「文書館」についての記述が、またたく星のように心にのこりました。
文書館はいっそう巨きな不安の塊りのように見えた。どうやらそこは、何百年もの長きにわたって、ひそかな囁きの場であり、羊皮紙と羊皮紙が交わしてきたかすかな対話の場であり、文書館は一種の生き物であり、人間の精神では律しきれない力の巣窟であって、多数の精神によって編み出されてきた秘密の宝庫であり、それらを生み出した者たちや媒介した者たちの死を乗り越えて、生き延びてきた、まさに秘密の宝庫なのであった。

時代背景や宗教上のこと、そしてこの本を読み解くためのべつの「書物」のこと・・・そもそも私にはそういう土台を理解する力(教養)が不足しているから、物語の上澄みをすくいとるようにしか読めません。
だけど‘物語の迷宮’を彷徨うことは夢のように愉しかったし、拙い読み方しかできないながらも愕きと煌きにみちたこの読書体験は、私のなかのとくべつな場所にずっとのこりつづけるような気がしています。

(原題『IL NOME DELLA ROSA』)
Author: ことり
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