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『「父の娘」たち―森茉莉とアナイス・ニン』 矢川 澄子

奇しくもおなじ1903年生まれの森茉莉とアナイス・ニン。今年は、茉莉没後10年、アナイス没後20年にあたる。ファーザー・コンプレックスの陽画と陰画である二人を通して、「不滅の少女」の原像をさぐる。

少女にこだわり、みずからも「少女」であり続けた矢川澄子さんによる、森茉莉論、アナイス・ニン論。
父・鷗外の膝元でぬくぬくと惰眠をむさぼり、還暦をすぎてから散らかり放題のせまい部屋で美しい小説や随筆をつむぎ出した茉莉さんと、幼い頃に姿を消した父に鬱屈した感情を募らせ、日記と男たちを拠り所にし、父との運命の再会後『インセスト(近親相姦)』を書き上げたアナイスさん・・・。「父親」の存在を抜きには語ることのできない二人の女流作家、その少女性について掘り下げた一冊です。

甘い蜜の部屋』のモイラと『初期の日記』のアナイスを、「わたしが活字の上で見出した、数少ないほんものの少女たちの双璧である。」と矢川さんは述べています。
ひと筋縄ではいかない、無垢でみだらな「少女」という孤高の獣。
相手と自分のあいだに線を引いて、これ以上はおことわりよ、とでもいうような。
二人の少女――茉莉とアナイス――に近づいては拒絶されることをくり返し、いまはもう矢川さんという「少女」も旅立ってしまわれたのだなあ・・・そんな感情がこの本を読んでいる間中ずっとついてまわって、どこか空虚な淋しい気持ちにとらわれていました。

本のなかでこれからもずっとずっと生きつづける「少女」たち。
茉莉さんと矢川さんの、『甘い蜜の部屋』完成時の対談がとても楽しかった。
 あたしは、小説は面白いほうがいいと思っていて、何とか面白く書こうとしているの。偉い人でも面白くないのがあって、例えば鷗外みたいのなんかはあんまり、ね。(中略)綺麗さには凄くまいってるけど、悪魔がないのが、好きじゃないの。
矢川 (前略)そこがやっぱり、魔を持った林作と実際の茉莉さんのお父様の違いでもあるわけでしょう。
 そうなの、そうなのよ。林太郎と林作のちがいよ。(中略)だからあれを林太郎のことだって言われるのが厭なの。林太郎だって評してくださる方が、みんなお父さんを見たことないのよ。だからそういうことになるの。きっと林太郎は悪魔だったんだ、それで面白いなって思うわけよ。
Author: ことり
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