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『こちらあみ子』 今村 夏子

評価:
今村 夏子
筑摩書房
¥ 1,470
(2011-01-10)

『こちらあみ子』。なんてなんて、やるせないお話なのでしょう。
危うくてけなげで痛々しくて・・・いまにもぽきりと折れてしまいそう。
奇矯な少女・あみ子の放つ、心がひりつくような圧倒的な気配。彼女の身体だけが感受する物語世界にいつしか引きこまれてしまっていました。

すみれを摘みに行くときの土の匂い、竹馬でやってくるさきちゃん、抜けた前歯の奥の空洞、書道教室の赤いじゅうたん、手づかみで食べるカレー、表面のチョコレートだけがねぶりとられたクッキー、弟のお墓・・・
たんねんに積み重ねられていく描写。そのあらゆるものものが、不穏な、けれど鮮明なイメージとしててんてんと私のなかに残っていくのです。まるで、月の光にてらし出された白い小石の道しるべみたいに。

心の一ばん柔らかいぶぶんをギュウと握りつぶされるような痛み。
誰にも――大好きな家族にすら思いが通じない、わけのわからないもどかしさ。
あみ子の思考回路は切ないくらいまっすぐで穢れがありません。だけど邪気のない優しさはかならずしも幸福にはつながらなくて、まわりの人びとを無自覚に傷つけ、容赦なく壊す。
本をとじたいまでも、うす汚れたトランシーバーを手にぼんやりと立ち尽くすあみ子の姿が、話し声(この方言は広島あたりのものでしょうか)や体臭までも引きつれてありありとうかんできます。
「おーとーせよ。こちらあみ子、こちらあみ子。おーとーせよ」
あみ子と、世間。そのあいだにある大きな隔たりをただあるがまま、そうあるものをそうあるふうに描ききっているところ、それがこの物語の‘しずかな迫力’を生んでいるような気がしました。
張りつめた脆さが痛々しく、でもきゅんと愛おしい、忘れられないお話になりました。

同時収録『ピクニック』。
Author: ことり
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