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『遊覧日記』 武田 百合子

「・・・夫が他界し、娘は成人し、独りものに戻った私は、会社づとめをしないつれづれに、ゴム底の靴を履き、行きたい場所へ出かけて行く。一人で。または二人で。二人のときの連れは、H(娘)である。ヤエちゃんのように充実して、あちらこちらを遊覧出来たら、と思う・・・」(「浅草花屋敷」)。ふと思い立って遊びに出てゆく。そこで見たこと、体験したことをあるがまま、飾り気のない言葉で綴ったエッセイ集。

「すばらしい目の持ち主」――解説の巖谷國士さんが百合子さんのことをこう表現されていますが、まさにそう。
浅草、代々木公園、上野不忍池・・・行きたい場所へ出かけていって、見たまま感じたままを書きつけたという「遊覧日記」は、百合子さんのみずみずしい感性が発揮された言葉たちの宝庫です。
ひとたび彼女の目にとまってしまうと、何者も逃れられないのですね。ジェット・コースターに乗りこむサラリーマンふうの男性も、石畳につまずいてつんのめる和服の女性も、ざくざくと一瞬が切りとられていくような、凄みすら感じさせる描かれっぷりでそれはちょっと怖いくらい。

たとえば、上野東照宮「ぼたん祭」で牡丹の花をみてきた時の一文も・・・
あたしが好きだと思ったのは、開き切ったあと、ふっとゆるんで、脂汁みたいなものが滲み出ていた花だ。まん中へんで一輪見た。(花が咲いている状態は、どんな花でもそうなのだけれど)性器を丸出しにしているのだから、わるいような気がして、あまり長くは見ないできてしまった。
なんて正直で解き放たれた文章だろうと思います。百合子さんの文章って感覚的で、そして映像的だから、こんなにもまっすぐ射すくめられてしまうのかしら。

この本には、お嬢さんの花さんが撮られたモノクローム写真が挿まれています。写真と文章の調和はもちろん、母娘の会話もほほえましくて素敵。
富士日記』で小さい頃の花さんを知っているせいか、なんとなく感慨深いです。
Author: ことり
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