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『人質の朗読会』 小川 洋子

評価:
小川 洋子
中央公論新社
¥ 1,470
(2011-02)

遠く隔絶された場所から、彼らの声は届いた。紙をめくる音、咳払い、慎み深い拍手で朗読会が始まる。祈りにも似たその行為に耳を澄ませるのは人質たちと見張り役の犯人、そして・・・
しみじみと深く胸を打つ、小川洋子ならではの小説世界。

地球の裏側で、テロリストに拉致され人質になってしまったツアー客たち。
彼らは緊迫した空間で息をひそめながら、思い出ばなしを記録し、朗読しあう――。

足を挫いた鉄工所員のために、子供らしいひたむきさで杖をつくった夏の一日、
気むずかしい孤独な大家さんとの、出荷できないビスケットを通じた交流、
公民館の談話室でくり広げられる謎めいた珍妙な会合たち、
異様でグロテスクな片目の縫いぐるみばかりつくる老人とのふれあい、
電車で居合わせた屈強な青年を追い、競技場で過ごした忘れられない秋の午前・・・

心の奥のガラスの小箱に、そっとしまい込まれていた‘自分だけの’物語。
どれもこれも慎ましくうずくまり、不思議な余韻をかもすものばかりでした。ありふれた日常のつづきのはずなのに、ある時、どこからか、ぐにゃりとゆがみ異世界につながっていくような・・・。
極限状態のなか、祈るような気持ちですくい上げられたもう戻れない時間、もう会えない人たち。些細でかけがえのないやさしい記憶。

なによりこの本が愛おしいのは、たとえ物語は終わっても、それぞれの人生はそこにとどまらないで、その後もつづいてきたことにあるのでしょうね。そして彼らがなんの縁あってか、異国でひとところに監禁され、同時に命を落とす理不尽な運命にあった、ということに。
物語の外側に流れた膨大な時間に思いを馳せればこそ、切りとられた物語がひそやかにきらめき、よりいっそう特別な深みが感じられるのです。
Author: ことり
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