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『昼の家、夜の家』 オルガ・トカルチュク、(訳)小椋 彩

ポーランドとチェコの国境地帯にある小さな町、ノヴァ・ルダ。そこに移り住んだ語り手は、隣人たちとの交際を通じて、その地方の来歴に触れる。しばしば形而上的な空想にふけりながら、語り手が綴る日々の覚書、回想、夢、会話、占い、その地に伝わる聖人伝、宇宙天体論、料理のレシピの数々・・・。
豊かな五感と詩情をもって、歴史に翻弄されてきた土地の記憶を幻視する。現代ポーランド文学の旗手による傑作長編。

真昼なのに光のとどかない、針葉樹の森を歩いているみたいでした。
短篇のようで長編のよう、夢のようで日記のようで神話のようで・・・いびつでとりとめのない、こんな奇妙な物語がたまらなく好きです。うつくしい言葉で編まれたレース模様の影をぬって、ふわりゆらり、ふわりゆらり。私は気持ちよく迷子。

ひんやりと湿ったうす靄のなかに人びとの生活と歴史と伝説が混在しています。
風と土と木のにおい。古い書物のにおい。妙ちきりんなキノコ料理のにおい。
なつかしくてどこかはかない小さな町の物語、境界上をさまようさまざまなモチーフが緩やかにつながり、さりげない文章が胸にやさしく沁みてゆく、そんな心地よさにうっとりと酔いました。土地に埋もれた記憶や夜ごと見た幾つもの夢たちが、甘やかに揺れているのもとても幻想的。
風変わりな佇まいの隣人・マルタが登場する場面が大好きでした。
しわしわの肌と不思議なにおいにくるまれた老女。いっぷう変わった、けれど味わい深い会話と、彼女がつくり出すその場の空気・・・。

もしも人間でなかったら、キノコになりたいと主人公はいいます。「無関心で無感覚な、つめたくてすべすべの皮を持った、かたくてやわらかい」キノコに。
愛らしい容姿とかぐわしい香りをもちながら、倒木や屍の上に命をつむぐキノコ。陰気に、不吉に、‘死の隣り’にひそやかによりそうキノコは静かにすべてを赦し、受けいれ、それはそのままこの物語のイメージにつながっていくようでした。
物語はそっとつつみ込んでくれるから。目にみえる現実も、そうではないけれど日常にたしかに潜んでいる神秘や夢や幻想も――淡くのびやかな死さえも。

(原題『DOM DZIENNY,DOM NOCNY』)
Author: ことり
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